国の方針でもある医療のICT活用の 現状 と ブレークスルー可能性
概要
・前置き
・医療におけるICT活用は国の方針
・医療ICT化の現状
・一人の患者が受診→薬を受け取るまでの裏側
・医療機関と薬局が情報連携すると、できること
以前ビッグサイトで行ったファーマIT&デジタル エキスポ 2019 で講演(デジタル化と医療融合で切り開く医療の未来)をしました。このときに使用した講演資料が元ネタで、口頭説明の代わりに加筆を十数時間したものです。
イベント自体は製薬業界向けなのですが、イベント主催者からなぜかスマホアプリベンダーの Yappliさん に声掛けがあったということで、困った金子執行役員COOが「そういえば 以前インタビューした郡司 なら保険調剤薬局事業のマネジメントもしていた薬剤師だし何とか出来るかも…」ということでお声がけいただいた次第です。
さて、内容に入ります。
厚生労働省 医療等分野におけるICT化の徹底
実は、厚労省によって「医療分野等におけるICT化の徹底について」ということで、あるべき姿は数年前に示されています。
スライドをパラパラ見るだけでも実現すると素晴らしい事が起こりそうですよね。では、現実にはどう進んでいるでしょうか?
現在の保険証番号は世帯単位であって国民個人一人ひとりのデータ利用が可能なユニークIDではありません。さきほどの世界観を実現するためには、医療連携や医学研究に利用可能なユニークIDが必要です。
ユニーク:唯一の、独自のという意味で、それ以外には存在しないこと。コンピューターの分野では、他のユーザーや機器とパスワードやIDが衝突しないように付ける、固有の文字列のことを指す場合が多い。
ASCII.jpデジタル用語辞典より
マイナンバーカードに健康保険証機能をもたせるという話は、ニュースでご存じかと思います。プライバシー問題の懸念等をおいておけば、良くなりそうですよね。
医療情報とマイナンバーの連携は「俎上(そじょう)」にない
しかし、そうは問屋が卸しません。ここでいう問屋は…
菅官房長官の発言は、医療のICT化よりも、担当するマイナンバーカードの交付率低迷が課題であるともとれるようなコメントに見えますが、それは置いておいて…
日本の医療制度改革に、鍵になるのは日本医師会です。そのコメントは
「この仕組みの実現には、これまで世帯単位になっていた保険証の記号番号を個人単位化することが前提にあり、個人単位化された記号番号を用いることで、その個人の健康保険の加入情報や保険資格が有効であるかオンラインの設備を入れれば確認できる仕組みが2021年3月から動き出せるように今般、健康保険法の改正案が国会で審議されると認識している」……「マイナンバーに医療情報を紐付けることで医療情報の管理ができるというような記事が見られるが、このように、医療情報とマイナンバーがつながるということは協議の俎上にもなく、こうした考えを断じて容認しないという日医の姿勢はこれまでも一貫しており、今後も変わることはない」
ということで、ユニークIDでの社会的要請と今後の発展には理解を示されておりますが、マイナンバーが医療情報と繋がることは協議の俎上にものったことがないし、断じて容認しないと強く否定しています。
さて、俎上を 精選版 日本国語大辞典 で調べると、
そ‐じょう ‥ジャウ【俎上】
〘名〙 まないたの上。また、調理すること。また、調理したもの。料理。転じて、相手のなすがままにまかせるほかないような状態のたとえにもいう。※小右記‐正暦四年(993)一一月一二日「依二俎上未一レ了徘二徊途中一、似レ無レ便也」※三国伝記(1407‐46頃か)七「重花爼上の死を遁れ、刀下の命を全せり」 〔史記‐陳丞相世家〕
精選版 日本国語大辞典
とのことなので、議論の場を設けたこともないし、言われるとおりに従うつもりはない くらいのニュアンスで発言されたことかと推測されます。
本題に戻りますと、キーマンとのコミュニケーションが全く出来ていない状態では物事が進まないのは、どの世界でも同じことかと考えます。
前述の厚労省資料には、詳細な事項がこと細やかに記載されておりますが、すべて触れるわけにも行かないので、次の重要ポイントにまいります。
私が軸になる項目と捉えたのは「医療機関のデータのデジタル化として電子カルテ導入の拡大」と「電子版お薬手帳の活用推進 」の2点です。それぞれ、どういった現状かを調べました。
「医療機関のデータのデジタル化として電子カルテ導入の拡大」の現状
厚労省の「医療分野の情報化の推進」ページに「医療分野の情報化の現状」として、上記データが公開されています。
いかがでしょうか?
私は「10年前より普及してはいるものの、まだ半分なのか…」という感想を持ちました。
カルテ電子化が進まない理由
因果関係という言葉があるように、結果には原因があります。
普及が進まないのは、
①電子カルテはそのままでは紙カルテの代わりにならない
電子カルテは紙カルテの代わりにはならないということがあります。単にカルテをすげ替えるだけでは無意味です。
受付して、診察、検査、会計まですべての運用を変更する必要があります。人は新しい事を覚えるのに抵抗をしめしますので、現場の納得を得る必要があります。
②コスト
導入保守費用コストが高額であることが挙げられます。厚労省資料からは1床あたり平均55万円ということです。ただし、クラウド化での価格破壊も平行して起こっていますので、リーズナブルなシステムが認知されていない・普及していないことがここでは課題となりそうです。
③導入の作業量が膨大。
現在のシステムからの移行作業が①で述べた医事システムのみならず、検査(内視鏡やレントゲンやエコー)システムやリハビリシステムや健診システムとのリンク作業が必要となります。この作業と管理をする人員も必要で新規採用となることが多いです。今までにない費用稟議を通す具体的に数値化できるメリットも明確にしないと導入が進まないわけです。
④紙の削減は期待ほどコスト削減にならない。
電子化メリットを「紙の削減やでぇ!!」ということをおっしゃる方がどの組織にもおられますが、現実には費用対効果を期待したほどの紙削減にはなりません。昔、処方箋と調剤録の電子化の投稿をしたのを思い出しましたが、物理的な紙にスペースが圧迫される・検索できないという課題解決にはなりますが、紙削減のコスト削減効果は期待ほど大きくないものです。
前に進むには、パラダイムシフトが必要
さて、大部分の医療機関で進んでいない電子化。進むところはどういった要素で進むのでしょうか。
人財採用
スタッフ採用を重視している医療機関では電子化が進んでいます。特に若手看護師を採用しようと考えたら、電子化されたシステムは必須でしょう。
待ち時間の短縮
当然ながら、伝票がなくなるので会計待ち時間の短縮になります。患者の立場に立つのであれば、当然電子化という発想になります。
一部導入
運用に広く影響するカルテは紙カルテを維持しつつ、オーダリングシステムだけの導入を図るケースです。先程の表では病院で約9%、診療所で約4%あったギャップがここに当たります。オーダリングシステムの運用に慣れたあとであればカルテ全般の電子化への移行抵抗も少なくなります。また、電子カルテより導入コストが低いですし、導入作業量も電子カルテ導入より少ないですので、1stステップとして現実解ともいえるでしょう。
また、レセプト点検の簡素化ができます。病名点検時はカルテを確認しますが、処方オーダリングシステムが導入されれば点検の必要性も低くなり、ミスが減ります。手書きカルテの字が読めなくて処方した薬が読めないという事も少なくなります。
いずれにせよ、 紙の代わりではない視点(パラダイム)を持つことが重要ですね。
ICT化で情報が繋がると起こる三方良し
実は、この講演をお手伝いしたのも、何時間もかけてこの投稿を書いている(思ったより大変です…)のも、ここを語りたかったからです。ここが主題です。
ICT化で情報が繋がると、これまで書いてきた医療機関のメリットだけではなく、患者さん、医療機関、薬局の三方良しが起こると考えています。
(現在の)外来医療の流れ
体調が悪くなった人は、病院・診療所等(医療機関と記述します)を訪れます。医師に症状を話し、各種検査などを行い、今後の生活注意と処方される薬(〇〇の薬)の話をします。
医療機関で医師が診察した際に、カルテには患者情報、診療履歴、処方履歴が記載されます。そしてオーダリングシステムによって受付での会計が算出されて、処方箋が印刷されます。
患者は会計を終わった後に処方箋を持って、医療機関を出ます。
次に、患者は処方箋を持って、保険薬局へ行きます。
薬局のなかで、保険診療に基づいて医師の発行する処方箋に従い調剤を行う薬局のことを「保険薬局」と呼びます。 なお、「調剤薬局」 は法律上の正式な名称ではありません。このあたりは別の投稿で記載します。
処方箋を受け取った薬局スタッフはレセプトコンピュータ(通称レセコン)に紙の処方箋に書かれた情報を手作業で入力していきます。
入力には時間がかかるので、その間に薬剤師は処方箋に書かれた内容を確認して処方箋だけでわかる異常(薬の量・組み合わせ等)に気づいた場合は医療機関に「疑義照会」という確認の電話をします。異常がない場合は処方箋に書かれた薬を記憶して(コピーするところもあります)、調剤室内で用意します。
薬局には薬剤服用歴管理簿(通称、薬歴)という医療機関のカルテに該当するものがあり、保険薬局においては非常に重要なものです。
保険薬局において健康保険の調剤に従事する保険薬剤師(以下「保険薬剤師」という。)は、保険医等の交付した処方箋に基いて、患者の療養上妥当適切に調剤並びに薬学的管理及び指導を行わなければならない。
保険薬剤師は、調剤を行う場合は、患者の服薬状況及び薬剤服用歴を確認しなければならない。
保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則 (薬担規則) 調剤の一般的方針(第8条)
薬の用意ができた薬剤師はレセコンへの入力が終わった処方箋原本と薬歴、薬、お薬手帳、薬袋を手元において処方箋監査(監査)を行います。処方箋監査は、医師が作成した処方箋の中身が間違っていないかどうか、薬をその患者が服用することが適切であるかを確認する薬剤師法によって定められた薬剤師の調剤業務です。
なお、「処方箋監査」「処方箋鑑査」どちらの表記も使われています。「監査」という言葉は業務の執行を監督して検査することであり、「鑑査」は優劣や適否・審議を審査することですので、「処方箋監査」は処方箋に付随した一連の業務が正しいものか監督することを意味し、「処方箋鑑査」は患者にとって最適の処方になっているかを確認することを意味します。
どちらを使用しても問題ないと考えますが、服薬指導で患者と話す前のこの時点では「監査」が適切と思いますので、以降「監査」で記載します。
患者の立場でいらした一般の方が「薬が準備できたなら早く持ってこいよ…」とイライラして、時には「バスが来るから早くちょうだい!」「まだかよ!」などと受付スタッフに苦情を言うのもこのタイミングですが、実は調剤における極めて重要な業務です。
ここで行うことは以下の通りです。
薬剤師が監査している内容
①処方箋自体の記載内容確認
必要事項が漏れなく記載されているか、記載事項に間違いはないかの確認を行う。薬を処方してもらいたいために、患者が処方せんを偽造するケースもあるため、漏れや間違いだけでなく、処方せんそのものの真偽の判断も行う。
例)医療機関、医師の名前、患者の氏名、性別、年齢、医薬品名、剤形、用法・用量、投与期間、処方箋の有効期限…
②薬が処方箋と同一に用意されているかの確認
どんなに気をつけていても、一生ミスをしない人間というものはいません。数を間違えるならまだしも、違う薬や力価(強さ)の違う薬を渡してしまった場合、患者の健康に重大な被害をもたらすことがありますので、用意した後に確認の作業を念入りに行います。粉薬、液剤の場合は、1回量が処方箋通りかの確認も行うので、より時間がかかります。
③処方内容と患者の適切性確認
薬歴やお薬手帳などの情報から、今回の処方箋の薬が患者にとって適切なものかの確認をする。
薬歴には、患者の視点で問題解決するという発想の仕組みでSOAPと呼ばれる形式で、薬剤師が記載しています。
Subject
患者の主観聞き取り(いつからどんな?)をそのまま記載。病気や薬の知識確認も行う。
Object
客観的に対面で患者の顔色、行動(動きがどうか、眠れてるか)併用薬(OTC含む)の有無確認、血圧等の病院検査情報
Assessment
S,Oを元にした薬剤師の考え、判断
Plan
計画。服薬指導&生活面のアドバイス。次回確認事項。
情報例)重複投与、投与禁忌の有無、他に服用している薬がある場合は、その薬との相互作用の有無、アレルギー歴、副作用歴の有無、服薬状況(飲めているか)、健康状態、薬への理解…
④調剤録(調剤報酬請求の根拠)と処方箋原本に差異がないかの確認
同時に、薬袋や薬の説明(薬剤情報提供文書)などの内容に間違いがないかの確認も行います。
かなりの確認事項があり、ミスが許されない業務であることがおわかりになるかと思います。監査が終了した後にようやく服薬指導をしながら投薬ということになります。
患者の立場で薬局に行った際、「なんで病院で話した内容や検査の数字を薬局でもまた言わなきゃなんないんだよ…」と思われる方は多いです。事情としては、前述の③のためなのです。検査値や診察結果(血糖値が上がっているので薬剤変更等)が処方箋に記載されているわけではないので、薬剤師が患者に適切な薬かの判断をするために聞いているわけです。
投薬後には、次回の薬剤師がより適切な服薬指導ができるようにするために薬歴を記載します。
以上が患者が受診して、薬を受け取るまでの正常系の流れです。
監査や投薬時に処方箋記載や処方内容の疑義が発生した場合は、疑義照会を行います。
薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師または獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない。
薬剤師法 第24条(処方せん中の疑義)
患者が処方箋を薬局に持ってきた場合には「すでに医師が退勤していて電話に出られません」と疑義照会に非協力的なこともあったりしますが、そこは置いておいて…忙しい医師への電話での問い合わせなので、確認が取れるまでかなりの時間を要することが多々あります。
この待ち時間もまた患者の立場からは「薬局で待たされるのがイライラする」という思いに繋がります。疑義照会対象患者はもちろんですが、それによって、他の患者の待ち時間も増加するわけです。
さて、患者としては薬局で自己負担金を支払って終わりの流れですが、薬局と医療機関にはこの先の業務があります。診療報酬請求です。 患者の自己負担金は一般に3割なので、7割前後の医療費は審査支払機関を通して支払われるわけです。
診療報酬業務全体をレセプトと呼ぶことが多いです。 本来のレセプトは診療報酬明細書のことです。月に一度、レセプトを作成、点検、提出し、医療機関の収益の大部分を構成する社会保険、国民健康保険などからの診療報酬を請求する業務です。
電子版お薬手帳が標準になると、医療は劇的に良くなる?
前述の資料に「電子版お薬手帳の活用推進」が重要な方針として記載されていました。しかしながら、私は電子お薬手帳でICT化が機能するとは考えていません。
もちろん、紙→電子化することでの患者利便性向上 や 初めての薬局もしくは複数の薬局利用なのに、お薬手帳を持参しない患者対策としては一定の有効性があります。ただし、お薬手帳の記載データは処方箋と同等のものです。
もし、医療機関と薬局がすべて電子化されて、必要な情報が共有された場合、何がおこるでしょうか?
医療機関と薬局が電子化されて、情報が繋がると起こる医療の未来
①紙→電子の入力ミスが減少する
電子カルテのない医療機関では、処方箋が手書きであったり、医師のメモ書きを事務スタッフがテンプレに入力して印刷しています。この時点で紙→電子の転記ミスや記載漏れが発生することがあります。また、紙処方箋を受け取った薬局では前述の通り受付スタッフがレセコンに入力しています。ここでもミスは発行しますし、そもそも手書き処方箋の場合、達筆な文字の判読がつかず疑義照会で双方および患者の時間ロスが発生することがあります。
電子データの受け渡しが可能になれば、こういったミスはなくなります。
②偽造処方箋がなくなる
現在の処方箋は紙印刷された文字情報に医師名のスタンプ印が押されたものです。一定のPCスキルがあれば真似ることは容易ですし、スタンプ印は100円ショップでも購入できます。偽造・改ざんしようと思えば、さほど難しくないのです。
「偽造処方箋」で検索するだけで、以下のように様々な事件がヒットします。もちろん、これは氷山の一角です。
偽造処方箋について:mixi
③患者の待ち時間が減少する。
処方箋に関連した紙→PCの入力時間が減少するので、患者待ち時間が減少します。
単純ミスが減るので、疑義照会による待ち時間が減少します。
検査値や受診結果概要が共有されることで、医療機関と薬局で二度同じことをヒアリングされることがなくなり、服薬指導の時間が短縮し、早く薬を受け取れるようになります。
④質の高い医療に繋がる。
これが最大のメリットだと考えています。
薬剤師が医師の処方意図を把握できると、処方意図に対しての処方内容適切性を専門家の視点でサポートすることがスムーズにできるようになります。また、薬局で把握した服薬状況・残薬状況が医療機関の医師に共有されることで、次回以降により適切な診療を行うことができます。
2011年3月に、私は日本医師会災害医療チーム(JMAT)に薬剤師として参加し、宮城県東松島市に行きました。
このときは緊急の状況でしたので、同じくボランティア参加した医師、看護師、サポートスタッフと共にチームを組んで、医師の診察を聴きながら、カルテ(薬歴も含めた記録は1枚の紙)を見て、投薬できました。
ガソリン不足、電気・水道も未通地域ありと物理的制約がありましたので、限られた薬で一人ひとりの患者さんに最も適した処方を医師・看護師と相談しながら決定し、服薬指導する。
私の経験上は、これを超えるチーム医療状態はありません。
↓詳細は2011年3月末にブログでまとめてます。
最後に
「医療機関データのデジタル化としての電子カルテ導入拡大」は、院内にボトルネックがありますので、掛け声だけでは進みません。医療機関毎に異なるボトルネックに着目して課題解決につながる推進をしていく必要があります。
「電子版お薬手帳の活用推進」は、お薬手帳の情報は限定的であり、お薬手帳の電子化だけが目的化してしまうとあまり意味のないものになりかねません。患者さん本人の同意の元に電子お薬手帳にカルテ・薬歴情報連携まで繋げて
三方良しの医療に発展させたいものです。
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