店舗DXにおいては顧客体験向上を目指すべき:DXの中心は生活者にある

DXとは

DXとは、デジタルトランスフォーメーション( Digital Transformation )を略した用語です。一言で説明するならば「データとデジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルだけでなく、企業の仕組みや風土も含めた変革をし顧客や社会のニーズをもとに、競争上の優位性を確立すること」です。

DXの起源と定義

DX(Digital Transformation )という言葉は、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授であるエリック・ストルターマンらが 「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という仮説に基づいて提唱した「Information Technology and The Good Life 」の中で提唱されたのが起源だと言われています。

この論文の中で「デジタルトランスフォーメーション (Digital Transformation )」 という言葉は以下の文脈で概要(Abstract)に最初に出ます。

In the paper we explore and propose a research position by taking a critical stance against unreflective acceptance of information technology and instead acknowledge people’ s life-world as a core focus of inquiry. The position is also framed around an empirical and theoretical understanding of the evolving technology that we label the digital transformation in which an appreciation of aesthetic experience is regarded to be a focal methodological concept.

Stolterman, Erik, and Anna Croon Fors. “Information technology and the good life.” Information systems research. Springer, Boston, MA, 2004. 687-692.

「この論文では、情報技術を無反省に受け入れることに批判的な立場をとり、代わりに人々の生活世界を研究の中心的な焦点として認識することで、研究の立場を模索し提案する。この立場はまた、美的体験の評価が焦点となる方法論的概念と見なされている私たちがデジタルトランスフォーメーションと呼ぶ進化する技術に対する経験的および理論的理解を中心に構成されている。」

ここで注目するのは「情報技術を無反省に受け入れること」ではなく「人々の生活世界を研究の中心的な焦点として認識すること」を研究したものであることです。DXが、あくまでも生活者を中心に定義されたものであることを示しています。

2018年には、DXのビジネス活用を推進するため、経済産業省が「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)」を策定しました。その中でDXの定義は以下の通りです。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf

やたらと長い文章ですが、目的と手段にわけると明快になります。
DXの目的は「顧客や社会のニーズをもとに、競争上の優位性を確立すること」であり、それを実現する手段として「 データとデジタル技術を活用して、製品・サービス・ビジネスモデルだけでなく、企業の仕組みや風土も含めた変革する」。

デジタルトランスフォーメーション(DX)は戦略をゼロベースで再構築するレベルの変化

デジタルトランスフォーメーション(以下DX)は、単に「デジタルへの投資を拡大しよう…」という過去の延長線上にあるものではありません。

Transformationが本来意味するところは、見た目だけでなく特性が変わってしまうことです。
生物学的には形質転換であり、外部からDNAを取り込んだりすることで、個体の形質が変わる現象を指します。形質転換は突然変異とは異なり,与えられた遺伝情報に従って変化は決まった方向へ進みます。
つまり、企業のゴールや方向性は不変でも、戦略・戦術に関して今までのやり方を捨てて、ゼロベースで再構築するレベルの変化を指すのです。

店舗におけるDXとは

店舗におけるDXとは「顧客の立場で利便性・快適性を徹底的に考え抜き、デジタル技術とデータの活用で店舗自体だけでなく店舗運営やオンラインチャネルも統合した変革を行うことにより顧客体験の向上を実現すること」といえます。

店舗におけるDXはポイントアプリを開発するとか、ECチャネルを開くとか、ロボットで効率化することではありません。

Amazon Goにおける顧客体験の変革をもとに説明します。

Amazon Goの出現

2018年レジのない店舗AmazonGo1号店がSeattleに一般公開されました。1号店は天井に約250台のカメラがあり、250枚強の陳列棚の裏には1枚16個のカメラ(つまり4千個強)があり、なおかつ7割の棚に重量センサーがついているという大規模なハード投資とそこから取得したデータを高速処理するためのシステムが必要でした。当初の投資額は1店舗あたり数億円とも言われています。

2018年5月にAmazonGo初体験した時の記録

 Amazon本拠地SeattleにあるAmazonGo1号店に行ってきました。(現地時間2018年5月15日-18日) クラスメソッド社 横田社長のご尽力のおかげで、Amazon BooksやAmazon experience […]

日本は世界一高齢化率が高い超高齢社会であり、今後一層高齢化が進行します。労働力が不足することで人件費が高騰し、労働力が確保できない時代になります。
そのため、Amazon Goに対し、日本の多くの小売業は省力化・人件費削減という切り口で注目しました。
そのため、Amazon Goと異なり数百万円の投資で開始できるセルフスキャン方式を採用しました。セルフスキャン方式は、来店客が自らスマホアプリ等で商品をスキャンして専用レジで会計する方式です。

セルフスキャン方式先進国アメリカでは中止する超大手企業が出ている

世界最大の小売業Walmartは来店客が自身のスマホアプリで行うセルフスキャン決済であるScan&Goを2回挑戦してやめています。
2014年でやめた時は処理速度、店内通信電波の問題だったが、2019年にやめた原因は万引きでした。
多くのセルフスキャン方式は万引き防止としてレシートの確認をします。ところが、1品1品精緻に確認したのでは本末転倒なので簡易なものにならざるを得ません。
ウォルマートで当該サービスを担当した元責任者は「100品買った人が40品しかスキャンしていなかったことがある」と語っています。
現在、Walmartは有料会員の”Walmart+”会員限定で3回目の挑戦をしています。

2019年2月に体験した世界最大の食品スーパーKrogerが提供していたセルフスキャンアプリScan,Bag,Goはアプリにクレジットカードを登録した顧客はチェック頻度を減らす等していました。しかしながら2019年秋以降に訪店した複数の知人からサービスが中止になったと聞いています。

いずれの方式も、意図的な万引き以外のスキャン忘れが一定頻度で発生することを考慮すると、根本的な解決策にはなりません。

また、肝腎の店舗における顧客体験についても通常の店舗では店員がする決済事前準備としての商品スキャンを来店客にやらせるというものであり、本質的な変革ではありません。

仕組みの設計前に顧客体験の設計を

これらセルフスキャン方式とAmazonGoは店舗における顧客体験の次元が違います。
ゲート入口で身体の輪郭とAmazonアカウントとを紐づける二次元コードをタッチした後はスマホも不要になり、店内に並んだ商品を見ることに集中できます。
Amazon Goで自分で買い物する前の私は、レジがおもてなしの核であると考えていました。小売業に深く関わっている人こそ、その思いは強いものです。

しかし、Amazon Goを体験したことにより、私は目から鱗が落ちました。買物の主役は客であり店員は客が必要な時だけ応対してもらえればよく、買物に集中ができる場の提供こそがDX時代の小売業であるということに気付かされたのです。


Amazon Goの目的は無人化・省力化ではなく、最高の顧客体験を提供することであるのが実際に買物をすると理解できます。何度も買物していると価格すら気にならなくなります。

また、画像認識出来ていることは、興味を持ったが買わなかった、どの棚前で何秒迷ったということが全てデータ化されているということなので顧客理解が深まります。顧客理解が深まると、より良い顧客体験が提供できる可能性が高くなるのです。
2019年にSan FranciscoとSeattleで体験した2号店以降の店舗は4千台超の棚裏カメラがなくなっており、天井カメラもオリジナル開発されていました。今後もコストが低減し続けることは間違いないです。
最終的に損益が成り立つ店舗形態になりうるかはわかりませんが、顧客体験にフォーカスした企業とそうでない企業のどちらがより小売業のDXを成し遂げるかは自明と考えます。目的への意識が違います。

目的と手段は明確に

「手段の目的化」が起こると、ゴールを見失います。
自社DXの目的がAmazon Goのように顧客体験価値の最大化であるのか?
自社DXの目的が効率化による生産性向上であるのか?
自社の目指す理念・ゴールと合致した目的を見失わないことが肝要です。

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