イタリアドラッグストア市場の主要プレイヤー分析
イタリアのドラッグストア業界は安定した成長を続けており、国内市場規模は年間約140億ユーロに達しています。この成長市場をリードするのは、Acqua & Sapone(アクア&サポーネ)、Tigotà(ティゴタ)、Risparmio Casa(リスパルミオ・カーサ)の3社です。本記事では、これらトップ企業の最新動向を業績推移、商品カテゴリー構成、経営戦略、デジタル施策(アプリ・会員制度)の観点から詳細に解説します。
トップ3企業の基本概要と業績動向
Acqua & Sapone – 安定成長と高利益率の両立
Acqua & Saponeはイタリアドラッグストア市場を代表する企業で、2021年約8億92百万ユーロだった売上高は、2022年には9億54百万ユーロ(前年比+7%、既存店ベース+5%)へと成長。2023年には約11億ユーロを超え(前年比+15%)、さらなる飛躍を遂げています。
店舗網も着実に拡大しており、2021年時点の約700店舗から2023年末には726店舗へと増加。特筆すべきは収益性の高さで、営業利益率(EBITDAベース)は2021年約9.5%から2022年11.5%、2023年には約12.4%まで上昇しています。これはグループ再編効果も寄与しているとみられます。
同社はイタリア国内を主戦場としていますが、2023年からはスペイン市場への展開も開始し、国際化への第一歩を踏み出しています。
Tigotà – 業界トップの売上高と安定した高収益
Tigotà(運営:Gruppo Gottardo S.p.A.)は売上高でトップの座を確保しており、2021年約11億99百万ユーロ、2022年13億17百万ユーロ(前年比+9.8%)と堅調な成長を続けています。2023年は推定14億ユーロ強に達し、2018年(約9億63百万ユーロ)からの5年間で約45%増という目覚ましい成長を遂げました。
店舗数も急速に拡大し、2019年末時点の607店から2021年には700店を超え(スイスにも数店展開)、2023年には約750店規模に到達。収益性も高く、2022年は純利益率で約8%(当期純利益1億0500万ユーロ)を確保し、EBITDAマージンは10%以上と推定されます。
Tigotàはイタリア市場に注力しており、国内での地位強化を最優先にしています。
Risparmio Casa – 急成長するディスカウントドラッグストア
Risparmio Casaは3社の中で最も急速に成長している企業です。売上高は2021年約7億10百万ユーロから2022年7億90.8百万ユーロ(前年比+11.25%)へと拡大し、2023年には店頭売上高(VAT込)ベースで10億ユーロを突破しました。
特に注目すべきは店舗網の急拡大で、2021年の125店から2023年には150店(直営+フランチャイズ、売場面積25.6万㎡)へ、さらに2024年初には約185店に到達。積極的な出店戦略が奏功しています。
EBITDAマージンは2022年時点で7.3%(EBITDA 5,800万ユーロ)と他2社に比べやや低めですが、物流最適化などで効率改善に努めています。事業はほぼイタリア国内向けですが、スイスのルガーノに1店舗を出店するなど海外進出も開始しています。
各社の商品カテゴリー構成と特徴
Acqua & Sapone – 美容とホームケアの二本柱
Acqua & Saponeの商品構成は大きく「ビューティ・パーソナルケア」と「ホームケア(日用品)」の2本柱です。公式には「Profumi・Make Up(香水・化粧品)」「Cura Persona(ボディケアなど)」「Per la Casa(家庭用洗剤・掃除用品)」「Bambino(ベビー用品)」「Parafarmacia(医薬部外品)」「Animali(ペット用品)」などのカテゴリーで展開しています。
同社の中心は化粧品・トイレタリーであり、「美容・衛生用品」と「住居用洗剤・消耗品」が売上の大半を占めます。医薬品は処方薬の取り扱いはなく、ビタミン剤や鎮痛剤などのOTC医薬品が補完的に置かれる程度です。食品は基本的に扱っておらず、店舗によって菓子類がわずかに置かれる程度にとどまっています。
Tigotà – コスメと衛生ケアに特化
Tigotàは「コスメ・衛生と家庭のケア専門店」を標榜しており、その名の通り化粧品・美容関連と日用雑貨(洗剤類)が二大カテゴリです。具体的には「Cosmesi(コスメ)」「Igiene e Pulizia(衛生・清掃)」「Bellezza e Cura Persona(美容・ボディケア)」「Cura della Casa(ホームケア)」といったカテゴリー構成で、ビューティ(メイク・スキンケア・ヘアケア等)製品と洗剤・掃除用品が中心となります。
自社プライベートブランドでセルフメディケーション領域の商品も展開しており、例えば自社ブランド”Quando”で日用品だけでなく軽医薬品(救急用品やサプリ等)も取り扱っています。食品の扱いは基本的になく、嗜好品もほとんど見られません。
全体として売上の約半分強がビューティ・パーソナルケア、残りが洗剤等のホームケア関連と推測されます(類似業態のSmollでは商品構成比がパーソナルケア60%:ホームケア40%との例があります)。
Risparmio Casa – 幅広いカテゴリーでワンストップ提案
Risparmio Casaは他2社に比べ取扱カテゴリーの幅が広い点が特徴です。同社は「家・人のケア製品とバザール商品」に特化したディスカウントストアであり、ホームケア(日用品)とビューティ・パーソナルケアが主力である点は共通しつつ、ペット用品や家庭雑貨、玩具・DIY用品まで扱うワンストップ店舗を展開しています。
品揃えは25,000点以上に及び、「pulizia e cura della casa(掃除・ホームケア)」「bellezza e cura della persona(ビューティ・パーソナルケア)」「prodotti per animali domestici(ペット用品)」「casalinghi・tessili casa(家庭雑貨・ホームテキスタイル)」「giocattoli(玩具)」「cartoleria(文具)」「fai da te(DIY)」「accessori auto・piccoli elettrodomestici(カー用品・小型家電)」「stagionali(季節商品)」等、多彩なカテゴリーを網羅します。
医薬品類は基本的に扱わず、食品も原則として取り扱いがありません(一部店舗で菓子・飲料を扱う程度)。ドラッグストア領域(洗剤・化粧品)の商品群だけで全取扱アイテムの約50%を占めており、同社のコア売上はホームケア&パーソナルケアでありつつ、バザール品の併売による客単価拡大を図るビジネスモデルを展開しています。
経営方針と成長戦略
Acqua & Sapone – 統合効果を活かした成長加速
Acqua & Saponeは2021年に米投資ファンドH.I.G.キャピタル参画の下で全国のフランチャイズ本部を統合し、以降「業界再編効果をテコに成長加速」を重要戦略に掲げています。毎年30~40店規模の新規出店やM&Aで店舗網を拡大し、2029年までに売上高を倍増する長期計画を進行しています。
経営トップは「販売網の拡充(36店舗新規開店)とさらなる企業買収を継続し、新チャネル開発にも取り組む」方針を表明しており、実際に2023年には売上高+20%(既存店+10%)という高成長を達成。統合効果で既存店売上が大きく伸びています。
デジタルトランスフォーメーションにも注力しており、新たな基幹システム(ERP)を導入してオムニチャネル戦略の基盤を構築中です。これによりECやモバイルと店舗の連携を強化し、物流網も2023年に北イタリアに35,000㎡の最新センターを開設するなど効率化を推進しています。
加えて2024年には本格的な会員ロイヤルティ施策を開始し、統合後に一層の顧客囲い込みを図っています。さらに海外展開としてスペイン市場へのパイロット出店計画も表明しており、国内首位チェーンとして成長余地を海外にも求め始めています。
Tigotà – デジタルと実店舗融合の先駆者
Tigotàは創業以来オーガニック成長を続けており、「毎年50店前後の出店」を継続する攻勢戦略で店舗網を急拡大してきました。創業者エンツォ・ゴッタルド氏は元々Acqua & Sapone共同創業者でもあり、独自ブランドTigotàで全店直営型の経営にこだわり規模拡大を図ってきた経緯があります。
同社戦略の特徴はデジタルと実店舗の融合をいち早く進めた点です。2017年にはすでにECサイトを立ち上げ、現在では約20,000品目をオンライン販売し、自宅配送・店頭受取・提携新聞販売店での受取という3種の受渡しサービスを提供しています。4,000か所の新聞スタンドを受取拠点にする独自モデルは、”いつでも・どこでも”購入できる利便性で顧客基盤拡大に寄与しました。
また、プライベートブランド戦略にも積極的で、自社開発の美容・洗剤ブランド(例:Aquam=洗剤、Ttes’sence=ボディケア、PRO=メイク用品など)を投入し、自然志向コスメや皮膚科学に基づく高付加価値商品で差別化を図っています。
マーケティング面では「幅広い顧客層すべてを歓迎する」と掲げ、都市郊外の大型店から街中小型店まで多様な出店で顧客接点を増やす戦略です。価格訴求にも注力し、特売チラシやロイヤルティアプリを活用して常時競争力ある価格と豊富な在庫を維持しています。
さらに地域社会への貢献として消費者教育プログラム(Tigotà Educational)を展開し、将来の顧客育成と企業イメージ向上にも取り組んでいます。総じてTigotàは「店舗拡大 × オムニチャネル × PB開発」で高成長を支える戦略を展開しています。
Risparmio Casa – 価格訴求と大型店で急成長
Risparmio Casaは「ディスカウントドラッグストアのカテゴリーキラー」を標榜し、低価格戦略と大型店展開で業容を急拡大しています。2021年策定の中期計画では年間20店規模の新規出店を継続し、2025年までに店舗数200店・従業員数4,000名体制への拡張を目標に掲げました(実際には計画を前倒しし、2024年にも200店規模に届く勢いです)。
成長加速のため同業他社の店舗物件取得も活発化しており、近年だけでもBricofer(ホームセンター)から3店舗、家具量販Grancasaから11店舗を買収・転換するなど、好立地を貪欲に取り込んでいます。こうした積極策により売上規模は毎年二桁成長しており、2022年には+11.3%、2023年上期には前年同期比+30%という伸びを記録しました。
経営方針の軸は「常に低価格(”Prezzi bassi… Sempre!”)」であり、原材料・エネルギーコストのインフレ局面でも価格へ転嫁せず自社吸収したと表明しています。これは値頃感を武器に固定客を増やす狙いで、結果として年間来店客数は大きく増加しています。
デジタル投資にも着手しており、2021年には400万ユーロを投じてIT基盤を刷新、ECサイトも開設しました。同社は「オンライン販売は近隣顧客サービスの補完」と位置づけ、店舗中心ながらオムニチャネル対応を整備しています。
成長資金確保のため株式上場(IPO)計画にも言及しており、市況次第では2024年にも上場し、その後は本格的な海外展開を検討するとしています。実際にスイスへ初進出するなど、国内マーケットリーダーの地位から国際展開への野心も見せ始めています。
デジタル戦略:アプリと会員制度の活用
Acqua & Sapone – 統一会員制度で顧客データ集約
Acqua & Saponeは2023年に統一された新会員制度「Carta Club」を導入しました。それまで地域ごとにバラバラだった施策を一本化し、顧客データの集約とCRM強化を図っています。Carta Clubでは購入額に応じてポイント(通称「Bolle=バブル」)を付与し、1€購入ごとに1ポイント獲得、100ポイント毎に5€分の割引券が提供される仕組みです。
また会員限定のクーポン配信や、提携企業による懸賞・特典(抽選やサンプル進呈)なども受けられます。公式サイト上で入会登録やクーポン管理が可能で、専用アプリもリリース予定です。経営陣も「フィデリティカードによる顧客囲い込み」を戦略の重要施策として言及しており、大型ロイヤルティプログラムにより年間来店頻度・客単価の向上を目指しています。
Tigotà – 先駆的なオムニチャネル対応アプリ
Tigotàは業界でも先駆け的に会員アプリ戦略を展開してきました。同社の「FideliTì」プログラムは長年運用されているポイントカード制度で、公式スマホアプリ「Tigotà」上にデジタル会員証を表示できます。アプリでは店舗検索やデジタルチラシ閲覧はもちろん、ログインすることでECでの購入やミニゲームによるポイント獲得も可能です。
ポイント付与の詳細は公開されていませんが、一定額購入ごとにポイントが貯まり、カタログ景品や割引特典と交換できます(同社HPで「Catalogo Premi(景品カタログ)」やポイント利用規約を提示)。FideliTì会員限定の割引商品も多数用意されており、店頭でカードを提示すると会員特価が自動適用される仕組みです。
こうしたデジタル会員施策によってオムニチャネル戦略も促進されており、店舗受取サービス「Ordina e Ritira(クリック&コレクト)」でもアプリ連携のデジタル会員証が利用できます。Tigotàはアプリ×ロイヤルティで顧客体験を向上させ、競合他社との差別化に成功しています。
Risparmio Casa – 高還元率ポイントで大量購入促進
Risparmio Casaも「Carta Fedeltà」と呼ぶポイントカード制度を展開しています。他社以上にポイント付与率が高く設定されており、「0.50€購入ごとに1ポイント」が貯まる仕組みです。特定のボーナス商品を購入すると追加ポイントも獲得可能です。
貯めたポイントは好きなタイミングで割引クーポンに交換でき、次回以降の会計で利用できます。会員向けには通常価格より安い「カード会員特価」商品も用意され、店頭でカード提示するだけで割引価格が適用されます。
会員登録・ポイント管理はオンライン(ECサイト内の会員ページ)で可能で、デジタル会員証も発行できます。2024年現在、専用スマホアプリは開発中で「COMING SOON」と案内されていますが、既にWeb上でのデジタルカード提示にも対応済みです。
大容量ディスカウント店であるRisparmio Casaにとって、会員プログラムは低価格戦略と並ぶリピート率向上策であり、ポイント高還元により大量購入を促進する狙いが見て取れます。
イタリアドラッグストア市場の今後
イタリアのドラッグストア市場は今後も成長が見込まれています。トップ3企業はいずれも積極的な店舗拡大とデジタル活用による顧客接点強化で市場シェア拡大を図っており、特にEC・アプリとリアル店舗を融合させたオムニチャネル戦略やロイヤルティプログラムが売上増・効率化の鍵となっています。
また、国内市場の成熟に伴い、Acqua & SaponeやRisparmio Casaのようにスペインやスイスへの国際展開を模索する動きも見られます。プライベートブランド開発による差別化や高付加価値商品の導入も進んでおり、特に健康志向・自然派商品への対応がトレンドとなっています。
デジタル面では顧客データの活用によるパーソナライズ施策やオムニチャネル化が加速しており、今後もアプリを軸とした会員制度の拡充が予想されます。イタリアドラッグストア業界のトップ企業はこうした施策を通じて、年間規模約140億ユーロの市場での競争優位性を確立していくことでしょう。
参考資料
- Il Sole 24 ORE – “Acqua&Sapone, il controllo passa al fondo TDR Capital”(2023年12月)
- Distribuzione Moderna – “Risparmio Casa supera il miliardo di euro di fatturato alle casse”(2023年9月)
- Distribuzione Moderna – “Bubbles Bidco (Acqua&Sapone), buona la prima”(2023年4月)
- CompanyReports.it – Gottardo S.p.A. (Tigotà) 財務情報(2022年)
- Retail Institute Italy – “Risparmio Casa supera il miliardo di euro… e corre verso i 200 punti vendita”(2023年9月)
- DoveConviene – Tigotà 企業紹介ページ
- BricoMagazine – “Risparmio Casa apre a Curno (BG)”(2025年2月)
- Distribuzione Moderna – “Bubbles Bidco (Acqua&Sapone) … primo bilancio”(経営者コメント, 2023年4月)
- retail&food – インタビュー: Tigotà オムニチャネル戦略(2020年3月)
- Il Sole 24 ORE – “Risparmio Casa… punta al raddoppio del personale”(CEOコメント, 2021年10月)
- Acqua & Sapone公式 – “Carta Club” 会員案内ページ
- Risparmio Casa公式EC – “Carta Fedeltà” 利用案内