イギリス大手ドラッグストアチェーン最新動向:デジタル化と業態変革が進む英国市場
イギリスのドラッグストア市場は、ヘルスケアと美容を軸に業態変革が急速に進んでいます。コロナ禍からの回復期にあたる2021年から2023年にかけて、大手チェーンはデジタルトランスフォーメーションを加速させながら、業績の立て直しと成長戦略を展開しています。本稿では、イギリス市場を代表するドラッグストアチェーン3社(Boots UK、LloydsPharmacy、Superdrug)の最新業績と戦略を詳細に分析し、小売業界における変革の方向性と成功要因を探ります。
Boots UK(ブーツ):ヘルスアンドビューティを軸に収益改善へ
Walgreens Boots Alliance傘下のブーツUKは、「ヘルスアンドビューティ主導の総合薬局チェーン」として、英国ドラッグストア市場での主導的地位を維持しています。過去3年間の業績推移と戦略から、その市場動向を読み解いていきましょう。
業績回復軌道に乗るブーツUK
ブーツUKの売上高は、パンデミックの影響で低迷した2021年度の約60億ポンドから、2022年度には約65.1億ポンド、2023年度にはさらに70.5億ポンドへと前年から8.3%成長しました。特筆すべきは既存店売上の堅調な伸びです。2022年度以降、小売部門は2年連続で前年比+12.2%の二桁成長を記録し、2023年度第4四半期には小売既存店売上が前年同期比+11.7%、調剤が+9.9%と好調な結果を残しています。
収益性も着実に改善しており、2021年度はわずか800万ポンドだった営業利益が、2022年度には5,500万ポンド、2023年度には8,800万ポンド(前年比+60%)まで回復。営業利益率も2021年度のほぼゼロから、2023年度には約1.2%まで上昇しました。
一方で、収益改善の一環として店舗網の最適化も進行中です。英国国内の店舗数は約2,200店から減少傾向にあり、2022–23年度には55店舗を閉鎖し、年度末時点で約1,900店舗に集約されています。さらに約300店舗の追加閉鎖計画も発表されており、不採算店舗の整理と高収益店舗への集中投資という明確な方向性が見て取れます。
カテゴリー構成と収益源
ブーツの売上構成を見ると、医薬品(処方薬・調剤)が2023年度の全売上の33.1%を占めています。この比率は前年度の35.4%からやや低下しており、調剤依存からの脱却が進んでいることがわかります。コロナ関連ワクチン収入の減少や処方件数の伸び悩みもあり、美容部門などの非調剤カテゴリーの強化が進んでいます。
ビューティ・化粧品カテゴリーは、ブーツが「英国No.1のビューティ小売」と標榜する中核分野です。自社ブランドNo7をはじめとする美容カテゴリーが小売売上の大きな部分を占め、2023年度も既存店ベースで+6%以上の成長を記録しました。日用雑貨・ヘルスケア商品も重要な収益源となっており、OTC医薬品、日用雑貨、パーソナルケア用品などを幅広く取り扱い、自社プライベートブランド商品の強化により売上拡大に貢献しています。
デジタルトランスフォーメーション戦略
ブーツUKの業績回復を支える重要な柱がデジタル戦略です。オムニチャネル戦略を加速させ、ブーツのECサイト(boots.com)は2023年時点で小売売上の13%以上を占めるまで拡大。2024年度第4四半期にはデジタル売上が前年同期比+18.7%成長するなど、オンライン販売が好調に推移しています。
注目すべき施策として、2023年春には自社オンラインマーケットプレイスを立ち上げ、外部ブランドの商品もboots.comで販売開始しました。仏社Miraklと提携し、取扱商品数を大幅に拡大することで、顧客のワンストップ購買を促進する戦略です。
店舗運営面でも、調剤部門での電子処方受付や自動調剤システム導入を進め、業務効率化と顧客待ち時間短縮を同時に実現。データ分析による品揃え最適化や、モバイルアプリを通じたパーソナライズドクーポン配信で販売促進を図るなど、多角的なデジタル活用が進んでいます。
会員制度の強化と進化
ブーツの「Advantage Card(アドバンテージカード)」は英国最大級のロイヤルティプログラムとして機能しており、2023年時点で約1,300万人のアクティブ会員を擁しています(前年より100万人増)。従来は購入1ポンドあたり4ポイント(1ポイント=1ペンス相当)を付与する高リワード施策が特徴でしたが、2023年には物価高対応のためポイント付与率を3ポイント/£1に引き下げる一方、自社ブランド商品を会員限定で割引提供する施策にシフトしました。
会員売上は総売上の60%以上を占めており、会員限定値引きが来店頻度向上に大きく寄与しています。また、ブーツ公式アプリはショッピング機能と会員カード機能を統合し、2024年には750万以上のアクティブユーザーを獲得。アプリ経由売上はデジタル売上全体の40%に達し、処方箋のリフィル注文や店舗在庫確認、パーソナルクーポン配信など、利便性向上とロイヤルティ強化の両立を図っています。
LloydsPharmacy(ロイズ・ファーマシー):調剤中心の薬局からオムニチャネル・ヘルスケア企業への転換
Aureliusグループ傘下のロイズ・ファーマシーは、調剤に特化した薬局チェーンとして知られていますが、近年はオンライン事業の強化によって新たな成長モデルを模索しています。
厳しい経営環境と再建への取り組み
ロイズの業績は、ここ数年厳しい状況が続いています。売上高は2020–21年度(2021年3月期)の17億6,157万ポンドから、2021–22年度には17億1,003万ポンドと前年比▲3.4%減少。2022–23年度(2023年3月期)も店舗閉鎖の影響もあり横ばいからやや減少と推測されます。
収益性も課題を抱えており、2020–21年度は税引前損失1億76万ポンド、2021–22年度も純損失6,600万ポンドを計上。2022–23年度では再建策の効果もあり、ごく僅かな黒字化(税前利益約130万ポンド)との報道もありますが、依然として収益基盤は脆弱な状況です。
店舗網も大幅に縮小しており、2021年3月時点の1,316店から、2022年3月には1,275店へと減少。2023年にはさらに大規模再編が行われ、サインズベリー(Sainsbury’s)内の237店舗からの撤退を発表するなど、現在の店舗数は1,000店強まで減少したと推測されます。
カテゴリー構成と専門性
ロイズは調剤専門色が強いチェーンであり、2021–22年度は売上の87.7%が調剤等の「Pharmacy(調剤部門)」収入でした。残りの12.3%ほどが「Retail(小売部門)」すなわちOTC医薬品やヘルスケア関連商品の売上です。コロナ禍ではマスクや消毒液などの衛生用品需要が変動し、2021–22年度はOTC売上比率が若干上昇しましたが、基本的に調剤に依存した事業構造となっています。
化粧品・美容商品や日用雑貨・食品については、ブーツやスーパードラッグと比較して取り扱いが限定的です。一部店舗でスキンケア商品やドラッグストアコスメを置く程度で、売上構成比に占める割合はごく小さいと見られます。
オンライン事業を軸とした再建戦略
ロイズは2022年4月に親会社が米国McKessonから投資会社Aureliusに交代し、以降は抜本的な再建策が進められています。店舗網の最適化(不採算店舗の閉鎖や売却)による固定費圧縮を図る一方、「地域のヘルスケア拠点」として存続店舗へのサービス集中を進めています。
デジタル戦略では「オムニチャネル薬局」への転換を掲げ、オンライン事業を強化中です。自社ECサイト(LloydsPharmacy.com)を拡充し、2021–22年度に+28%のオンライン売上成長を達成。特に処方薬の宅配サービス「LloydsDirect」(旧Echo社の処方薬配送アプリ)では利用者が急増し、売上が前年比+55%と飛躍的に伸びています。
さらにオンライン診療サービス「LloydsPharmacy Online Doctor」も展開し、医師の遠隔診断から処方箋発行→調剤まで一貫してオンラインで完結できる体制を整えています。これにより調剤の一部をデジタル経由で処理し、店舗の負荷軽減と顧客の利便性向上につなげています。
経営陣は「ロイズを選ばれる”オムニチャネル・ヘルスケア提供企業”へ転換する」戦略を強調しており、デジタル投資による売上向上と業務効率化を推進。実際、2022年にはオンライン経由の処方箋受付数が飛躍的に増え、店舗依存からの脱却に一定の成果を上げています。
会員戦略の特徴と課題
調剤薬局という業態上、ロイズには全国規模のポイントカード式会員プログラムは存在しません。処方箋利用者は主にNHS(国民保健サービス)処方料であり、ポイント付与等の販促が難しい背景があります。
しかし、デジタル会員的な要素として、処方箋アプリ「LloydsDirect」のユーザー登録制度を展開。同アプリ登録者はリピート処方のリマインダー受信や配達状況追跡が可能で、事実上のロイヤル顧客基盤となっています。2022年時点でLloydsDirectはイギリス国内最大のオンライン薬局利用者数を誇り、オンライン会員の囲い込みに成功しています。
実質的に、ロイズではデジタル処方サービスの利用者=ロイヤル顧客と位置付け、その利便性を高めることで囲い込みを行う戦略を採用しています。今後もデジタルサービスの拡充と調剤専門性の強みを活かした独自の会員基盤構築が課題となるでしょう。
Superdrug(スーパードラッグ):価格競争力とビューティに特化した成長戦略
A.S. Watsonグループ傘下のスーパードラッグは、コスメやトイレタリー中心のヘルス&ビューティストアとして急成長を遂げています。その成功要因を探ります。
二桁成長を続ける業績の好調
スーパードラッグの売上高は、コロナ禍からの回復後、急成長を遂げています。2021年度(2021年12月期)の売上高11億68百万ポンド(前年比+5.1%)から、2022年度は17%増の14億ポンドに急成長。2023年度も15.28億ポンド(前年比+11.8%)と2年連続で二桁成長を達成しています。
収益性も大幅に改善しており、2021年度の税引前利益4,530万ポンド(売上利益率約3.9%)から、2023年度には1億11百万ポンド(前年比+43%)に達しました。営業利益率は2023年度で7%強と見られ、同業他社を上回る高水準を実現しています。
店舗網も拡大傾向にあり、2021年末時点の796店舗から、2023年には+14店舗純増(出店14・閉店0に近い形)で約810店舗に達しました。特に郊外の大型ショッピングセンターやリテールパークへの大型店出店に注力し、主要都市の旗艦店を拡充しています。
既存店の業績も堅調で、2022年は+12.5%、2023年度も+12.5%増と好調を維持。特に美容部門の商品売上・サービス提供が牽引しており、新規出店効果を除く既存店の底堅い成長が続いています。
ビューティ中心のカテゴリー構成
スーパードラッグは約200店舗で調剤薬局サービスも提供していますが、売上全体に占める処方薬収入の比率は小さく、主力ではありません。同社の核となるカテゴリーは化粧品・美容(コスメ・スキンケア・フレグランス)であり、メイクアップ、スキンケア、香水など美容商品が売上の最も大きな割合を占めます。
特に自社プライベートブランドや独占販売ブランドが業績を牽引しており、2023年にはOptimumコラーゲンクリームやStudio Londonコスメシリーズなどのヒット商品を輩出しています。
日用雑貨・トイレタリーカテゴリーも重要な位置を占めており、シャンプーやボディソープ、デオドラントなどのパーソナルケア製品を幅広く取り扱っています。2023年はインフレ下で価格凍結や値下げ施策を実施し、特にSolait(日焼け止め)など自社日用品ブランドをVAT相当分20%値下げするなどの戦略が奏功しました。
価格志向とデジタル変革
スーパードラッグは「価値志向のビューティ・ヘルスストア」を掲げ、若年層からファミリー層まで幅広く取り込む戦略を展開しています。経営方針として新規出店と既存店の大型化を推進しつつ、他社差別化要因である自社ブランド開発にも注力。近年はインフレ下で「価格への挑戦」を掲げ、主要商品の値下げやプロモーションを積極化しました。
デジタル活用については、「デジタルトランスフォーメーションの加速」を戦略の柱としています。EC面では2022年11月に業界初となる自社オンラインマーケットプレイスを開設し、約300の外部ブランドを新たに取り扱い開始。これによりサイト掲載商品数が従来の2倍に拡大し、ニッチなビューティ・ウェルネス商品まで含めワンストップで提供しています。
店舗とデジタルの融合も進めており、オンライン在庫を店舗で受取・返品できるクリック&コレクトサービスを拡充。調剤薬局併設店舗ではオンライン医師相談サービスを提供し、デジタル経由で処方箋を発行→店舗で薬受取というシームレスな体験も実現しています。
美容サービス面でも、一部店舗でデジタルスキャンによる肌診断やバーチャルメイクお試し機能を導入するなど、OMO(Online Merges with Offline)的な施策を展開。こうしたデジタル活用の成果もあり、2021年以降のオンライン売上はコロナ前比+48.5%と飛躍し、現在ではオンラインが総売上の約10%以上を占めるまでになっています。
充実した会員プログラムによる顧客囲い込み
スーパードラッグは「Health & Beautycard」という会員ポイントカード制度を運営しており、会員数は年々増加し、2021年末時点で1,590万人、2023年末には1,810万人に達しています。このプログラムでは購入£1につき1ポイント(1ポイント=1ペンス相当)を付与し、100ポイント単位で£1割引として利用可能です。
特に近年は会員価格制度を導入しており、会員は特定商品の割引価格(通常客より数十%安い価格)で購入できます。この戦略が奏功し、総売上の6割超が会員経由となるなどロイヤルティ効果が明確に現れています。
公式アプリも会員施策の要となっており、Beautycardをデジタル化したアプリではポイント残高やクーポンの確認、オンラインショッピング機能が利用できます。またパーソナライズされたオファー配信にも注力しており、購入履歴データを基に「あなたへのおすすめ」クーポンを定期配信することで来店・購買を促進しています。
ロイヤルティプログラムにおける特徴的な取り組みとして、誕生日特典や提携サービスも充実。会員は誕生月に特別クーポンが付与されるほか、姉妹会社であるSavers(ディスカウントドラッグ)でのポイント併用や、提携する美容クリニックの割引特典を受けることができます。これらの包括的な会員戦略によって、長期的なロイヤル顧客の獲得に成功しています。
イギリスドラッグストア市場の今後の展望
イギリスの主要ドラッグストアチェーン3社の戦略を分析すると、いくつかの共通点と将来展望が見えてきます。
業態による明確な棲み分けと戦略の差異
3社はそれぞれ異なる特色を持ち、市場での棲み分けが進んでいます。ブーツUKは「ヘルスアンドビューティの総合薬局」として医薬と美容の融合を進め、ロイズ・ファーマシーは「調剤専門からオムニチャネル・ヘルスケア企業へ」の転換を図り、スーパードラッグは「価格競争力と美容特化」で差別化を図っています。
ブーツとスーパードラッグは店舗とオンラインの両面で直接競合関係にありますが、ブーツがより広範なカテゴリーを取り扱い幅広い年齢層を対象とするのに対し、スーパードラッグは若年層を中心に価格志向の強いユーザーを取り込んでいます。一方、ロイズは調剤特化から脱却を図りつつも、処方箋配送などのヘルスケア領域に特化したデジタル展開で独自の立ち位置を模索しています。
デジタルトランスフォーメーションの加速
3社に共通するのはデジタル戦略の重要性です。オンライン売上の拡大はもちろん、マーケットプレイス展開(商品拡充)、オムニチャネル化(店舗受取)、パーソナライゼーション(アプリ活用)など、多面的なデジタル活用が進んでいます。特にブーツとスーパードラッグは2022-23年にマーケットプレイス戦略を開始し、品揃え拡大を図っています。
また、ロイズのオンライン処方箋サービスLloydsDirectの急成長(+55%)が示すように、業態特性に合わせたデジタル化が重要となっています。今後も単なるECサイト強化にとどまらず、顧客体験全体のデジタル化と、データ活用による業務効率化の両面が加速すると予想されます。
会員戦略とロイヤルティプログラムの進化
会員制度の構築と顧客ロイヤルティの確保も3社共通の重要課題です。ブーツとスーパードラッグはそれぞれ1,300万人、1,810万人の会員基盤を持ち、会員経由売上が全体の60%を超えるなど、ロイヤルティプログラムの効果が明確に現れています。
注目すべきは、従来のポイント付与から会員限定価格への移行です。特に物価高の中、ブーツの会員限定割引や、スーパードラッグの会員価格制度は即時的な価値提供で顧客の支持を得ています。ロイズは調剤特性からポイントカードではなく、デジタル処方サービスの利便性向上による囲い込みを図るなど、業態に適した会員戦略を展開しています。
店舗網の最適化と投資選択
もう一つの共通点は、店舗網の戦略的見直しです。ブーツとロイズは不採算店舗の閉鎖を進める一方、スーパードラッグは出店拡大を続けています。この差は収益性と成長性の違いを反映しており、各社の経営状況に応じた店舗戦略が展開されています。
ブーツは大型旗艦店へのリソース集中と「Beauty Hall」などの差別化投資、ロイズは大幅なダウンサイジングとオンラインシフト、スーパードラッグは積極出店と店舗の大型化というように、異なるアプローチを採用しています。今後も単純な店舗数拡大ではなく、質と効率を重視した店舗戦略が主流となるでしょう。
最後に:イギリスドラッグストア市場からの示唆
イギリスのドラッグストア市場の動向は、日本を含む他国の小売業界にも多くの示唆を与えます。特に注目すべきは、調剤と小売の融合、デジタルとリアルの融合、そして会員戦略の高度化です。これらの要素が複合的に作用し、各社の競争力を左右しています。
ブーツの「ヘルスアンドビューティ融合」、ロイズの「オムニチャネル・ヘルスケア企業化」、スーパードラッグの「価格とビューティ強化」という異なるアプローチの中から、最も持続可能で成長性の高いモデルがどれになるのか、今後も注目していく必要があります。
参考資料
- PHARMACYMAGAZINE.CO.UK
- BOOTS-UK.COM
- RETAIL-WEEK.COM
- PHARMACEUTICAL-JOURNAL.COM
- WALGREENSBOOTSALLIANCE.COM
- THE-INDEPENDENT.COM
- HALLOHEALTHCAREGROUP.COM
- ZENOPA.COM
- LLOYDSPHARMACY1.KNOJI.COM
- STATISTA.COM
- FINTECHFUTURES.COM
- THEINDUSTRY.BEAUTY
- COSMETICSBUSINESS.COM
- CHEMISTANDDRUGGIST.CO.UK
- THEGROCER.CO.UK
- PERSONALCAREINSIGHTS.COM
- EN.WIKIPEDIA.ORG