同じマニュアル、同じ商品、同じ価格…それなのに、なぜA店とB店でこれほど売上が違うのか。この「店舗間格差」の謎に、ハーバード・ビジネススクールの研究チームがデータで切り込んだ。答えは意外にもシンプルだった。
「業務」と「作業」_たった一文字の違いが生む決定的な差
「品出しをお願いします」
この一言で、ベテランと新人の動きはまったく異なる。ベテランは売れ筋から補充し、棚の見栄えまで整える。一方、新人は何から手をつけていいかわからず、倉庫と売場を何度も往復する。
これが「業務割り当て」の限界です。
「品出し」という大きな塊を任せると、そこに「判断」が介在します。判断の質は個人の経験に依存し、結果としてパフォーマンスにばらつきが生まれます。

「業務」を「作業」に分解すると、店舗の安定性は劇的に変わる
では「作業割り当て」ではどうなるか。
「14時00分:牛乳・乳製品を補充(2ケース以上減っていれば)」
「14時15分:カップ麺コーナーのフェイスアップ」
このように、「いつ」「何を」「どの基準で」行うかを明示すれば、判断の余地は最小化される。誰がやっても同じ結果になる。
ハーバード研究が示した「驚きの数字]
この「業務→作業」の転換効果を、データで実証したのがハーバード・ビジネススクールのZeynep Ton教授とRobert Huckman教授です。
2008年に発表された研究では、米国の大手小売チェーン店舗を48ヶ月間追跡した。そして「プロセス適合度」つまり、どれだけ標準化されたルール通りに店舗が運営されているか?という指標を用いて分析を行った。
「プロセス適合度が高い店舗では、従業員が辞めても業績への悪影響がほぼ消失した」
これは画期的な発見だった。小売業にとって従業員の離職は避けられない問題です。しかし、作業が標準化されていれば、誰かが辞めても業務は滞りなく回る。なぜか?
知識が「人」ではなく「ルール」に蓄積されているからです。
さらに興味深いデータがある。高適合度店舗の顧客サービススコアは88.2点、低適合度店舗は86.6点。わずか1.6点の差に見えるが、統計的に1%水準で有意。つまり、偶然ではなく構造的な差なのです。
マネージャーの「質」は生産性の25〜35%を左右する
「標準化すれば、マネージャーは不要になるのか?」
そんな疑問に答えるのが、シカゴ大学のMetcalfe教授らによる2023年のNBER研究だ。数十億ドル規模の小売企業2社のデータを分析した結果、店舗マネージャーは生産性格差の25〜35%を説明することがわかった。
下位10%のマネージャーを上位10%に入れ替えると、生産性は22〜82%向上する。これは4人チームに1人を追加するのと同等のインパクトです。
つまり、標準化とマネジメントは二者択一ではない。「標準化された土台の上で、マネージャーが判断すべきポイントに集中する」これが最適解なのです。
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セブン-イレブンとドンキ──対照的な2つの成功モデル
日本の小売業界には、この「標準化と判断のバランス」において対照的な2つの成功モデルが存在します。
【セブン-イレブン】判断を「支援」で最小化する
セブン-イレブン・ジャパンの強さの核心は、OFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)システムにある。各OFCは7〜8店舗を担当し、週2回以上訪問する。発注データの分析、売場レイアウトの最適化、地域需要に基づく品揃え提案を行う。
さらに「単品管理(タンピン・カンリ)」と呼ばれるシステムで、各SKU(商品)の動きをリアルタイム追跡。発注という複雑な「業務」を、データに基づく推奨によって「判断を最小化した作業」に変換している。
【ドン・キホーテ】判断を「現場」に委ねる
一方、ドン・キホーテ(PPIH)は真逆のアプローチで36期連続増収増益を達成している。
個々の従業員がセクションを担当し、商品仕入れ・価格決定・ディスプレイ・販促の完全な権限を持つ。パート従業員がベンダーと直接交渉することさえある。創業者・安田隆夫氏の言葉を借りれば、「一度任せたら完全に信頼する」。
では、ドンキは「標準化ゼロ」なのか? そうではありません。接客の基本動作、会計処理、安全管理といった「どう売るか」の基盤は標準化されています。権限委譲されているのは「何を売るか」という創造性が価値を生む領域です。
マッキンゼーが示す「50〜150の作業」
では、具体的にどこまで「作業」を分解すべきなのか。
マッキンゼーの「アクティビティベース労働スケジューリング」によれば、典型的なスーパーマーケットでは50〜150の作業活動をモデル化できる。そして補充作業が総労働時間の最大70%を占めることが明らかになった。
このアプローチを導入した小売企業では、
• 店舗人件費4〜12%削減
• 顧客サービスの同時向上(レジ待ち時間短縮など)
• 従業員満足度の改善
という成果が報告されている。
重要なのは、同じ売上でも店舗固有の要因(歩行距離、棚構成、納品頻度など)によって人件費に最大30%の差が生じうるという点です。「一律のルール」ではなく、「店舗ごとに最適化された作業標準」が必要なのです。
「作業割り当て」への転換の3ステップ
最後に、「業務割り当て」から「作業割り当て」への転換を実践するための3つのステップを整理しましょう。
STEP 1:業務を作業に分解する
まず、現在の「業務」を細かい「作業」に分解する。IE手法(時間研究、ワークサンプリング)や階層的タスク分析が有効です。「品出し」なら、「棚の在庫確認→倉庫からの運搬→陳列→フェイスアップ」のように要素に分ける。
STEP 2:判断基準を明文化する
次に、各作業に「いつ」「何を」「どの基準で」という判断基準を付与します。「在庫が2ケース以下になったら補充」「フェイスが乱れたら整える」といった形です。ベテランの暗黙知をルール化するプロセスでもある。
STEP 3:継続的なフィードバック機構を構築する
標準化は「作って終わり」ではありません。OFCのような巡回指導、ミステリーショッピング、AI・画像認識による棚監視など、逸脱を検知し修正する仕組みが不可欠です。5Sの「躾(Sustain)」段階、PDCAの「Act」段階に相当します。
標準化は「自由」の敵ではない
「標準化」と聞くと、「マニュアル人間」「創造性の欠如」といったネガティブなイメージを持つ人もいるでしょう。
しかし、リーン・エンタープライズ・インスティテュートのJeff Liker氏はこう述べている。
「作業標準化が採用され、安定した作業リズムが達成されると、人々は人間的なつながりを作るという満足のいく仕事をより自由に行える」
基本動作を標準化することで、従業員は「どうやるか」で悩む必要がなくなる。その分、接客や問題解決といった「人間にしかできない仕事」にエネルギーを注げるようになるのです。
標準化は自由の敵ではありません。むしろ、本当の創造性を発揮するための土台なのです。
あなたの店舗では、「業務」と「作業」、どちらを割り当てているでしょうか?
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【参考文献】
・Ton, Z. & Huckman, R. (2008) “Managing the Impact of Employee Turnover on Performance: The Role of Process Conformance” Organization Science
・Metcalfe, R. et al. (2023) “Managers and Productivity in Retail” NBER Working Paper No.31192
・McKinsey & Company “Smarter schedules, better budgets: How to improve store operations”