ハンズが32年ぶりの最高益を更新しました。売上高675億円。コロナ禍で71億円の純損失を出し、親会社の東急不動産HDから切り離された会社が、カインズ傘下でわずか数年で蘇ったことになります。
この復活劇、「棚割りを統一しただけ」と語られることがあります。確かにそれは象徴的な一手でした。ですが実態を追いかけると、その裏にはもっと大がかりな再設計が見えてきます。
商品力はあった、利益が出なかった
まず押さえておきたいのは、旧東急ハンズの体質です。コロナ前の2019年3月期、売上960億円に対して営業利益はわずか7億円。利益率0.7%。商品の魅力で客は来る。しかし利益にならない。この構造がコロナ禍の来客減で一気に表面化し、2021年3月期に71億円の赤字に転落しました。
原因のひとつが、86店舗の店長とバイヤーがそれぞれの裁量で売場をつくっていた体制です。同じ商品でも店によって仕入れルートが違い、スケールメリットが効きません。PB商品「ハンズセレクト」が棚の下段に追いやられる店すらありました。個店の面白さはあったものの、チェーンとしての効率は犠牲になっていたのです。
カインズが打ち出した方針
2022年3月、カインズが全株式を取得しハンズを完全子会社化。同年10月に社名を「ハンズ」に変更しました。
高家正行会長(カインズ社長兼務)が真っ先に打ち出したのが、「各店共通の定番の棚割りを定める」という方針です。ただし完全な画一化ではありません。定番商品はどの店でも手に入る状態にしつつ、各店独自の品揃えも残す二層構造です。チェーンの効率とハンズらしい発見の両立を狙った設計でした。
棚割りの統一は、改革の象徴としてわかりやすい。ですが、これは入口に過ぎませんでした。
100億円超のデジタル投資とサプライチェーン統合
カインズは3年間で100〜150億円規模のデジタル投資を実施しています。社内に200名超のIT部隊を抱え、そのノウハウをハンズにも展開しました。具体的には、在庫管理・商品検索システム「ドコアルノ」の導入です。お客様が店頭で「この商品、どこにあるの?」と迷う場面を減らし、同時にスタッフの在庫確認業務も効率化するシステムです。2023年6月からはカインズポイントとの相互交換も開始し、両社の顧客基盤をつなぐ仕組みも整備されています。
物流面では、カインズとハンズ合わせて約20カ所の物流拠点を相互活用し、仕入れ総額約3,500億円規模のサプライチェーンを統合しました。旧東急ハンズ時代は店舗ごとにバラバラだった仕入れルートが一本化されることで、調達コストの圧縮と配送効率化が同時に進んでいます。86店舗がそれぞれ独自に仕入れていた体制から、3,500億円のバイイングパワーを背景にした調達体制への転換——これだけでも、利益構造に与えるインパクトは相当なものです。
旗艦店リニューアルとMDの全面見直し
店舗レベルでもっとも象徴的だったのが、2023年6月の新宿旗艦店リニューアルです。WWDJAPANの報道によれば「品ぞろえやMDを一から見直し、再編集」が行われました。
具体的には、従来の強みだったインテリアカテゴリを縮小し、ビューティ・雑貨・ペット・グリーンといった成長カテゴリを大幅に強化しています。8階にはカインズの都心型店舗(950㎡)も併設されました。渋谷や池袋の不採算大型店はコロナ期にすでに閉鎖済みで、残った店舗に経営資源を集中させる判断が功を奏しています。
PB開発も本格化しています。ハンズの桜井悟社長は「2024年からプライベートブランドの開発を本格的に始動する」と発表しました。旧東急ハンズのPB比率は約10%でしたが、カインズは売上の約4割がPBです。粗利率の高いPBの構成比が上がれば、売上が同じでも利益は大きく改善します。このPBノウハウの移植は、利益体質への転換において最も効いてくる施策のひとつになるはずです。
人も組織も変わっている
経営陣はカインズの高家正行氏が会長に就任し、社長は木村成一氏から桜井悟氏に交代しました。従業員数は2,469名(2021年4月)から1,789名(2025年3月)へ、約28%減少しています。
店舗展開も変わりました。小型店「ハンズビー」や百貨店内コラボ業態「プラグスマーケット」を展開し、店舗数は86から92に増加。2030年には約140店を計画しています。大型旗艦店に依存していた出店戦略から、小型・多店舗へのシフトが進んでいるのです。
「商品も店員も変えていない」という見方が世にありますが、事実と大きく異なります。商品構成、PB戦略、経営陣、人員数、出店戦略…いずれも明確に変化しています。
追い風(外部要因)も大きい
外部環境の改善も見落とせません。コロナ明けの人流回復とインバウンド需要の急増は、渋谷・新宿・池袋といった都心ターミナルに店舗を構えるハンズにとって強力な追い風になりました。内部改革と外部要因の寄与を正確に切り分けることはできませんが、両方が重なった結果であることは認識しておくべきでしょう。
なお、売上514億円(2023年2月期)から675億円(2025年2月期)への成長は約31%増と計算できますが、2023年2月期は決算期変更に伴う約11ヶ月の変則決算です。12ヶ月換算すると約561億円となり、実質的な増収率は約20%。それでも十分立派な数字ですが、見かけの31%とは少し印象が変わります。
「仕組みを変える」の解像度を上げる
ハンズの事例が教えてくれるのは、商品力だけでは収益力を高められないということです。
魅力的な商品があっても、調達・物流・IT・MD・店舗設計の仕組みが機能しなければ利益にはなりません。この構造は、多くの既存小売に当てはまるのではないでしょうか。
そして「仕組みを変える」とは、棚割りひとつの話ではありません。数百億円規模のデジタル投資、3,500億円のサプライチェーン統合、PB開発の本格化、旗艦店の全面改装、経営陣の刷新、約28%の人員再配置、小型店への出店シフト。これらが同時並行で動いた結果が、いまの675億円であり、32年ぶりの最高益なのです。
経営改革の成果は、常に複数施策の複合効果として現れます。象徴的なエピソードに惹かれるのは自然なことですが、その裏にある全体像まで見に行くことで、自社に持ち帰れる学びの精度は格段に上がるはずです。