アメリカのドラッグストアにおける売上高3位のRite Aid(ライトエイド)は2023年に破産申請しました。
そのRite Aidは2020年に競合との差別化としてホリスティックな健康志向を打ち出していました。
処方薬に加え、漢方レメディやハーブサプリなども含めた「代替医療」の領域に踏み込み、顧客の心身のケアをトータルで支援する狙いでした。
https://www.beckershospitalreview.com/digital-marketing/rite-aid-reimagines-role-of-pharmacists-with-new-branding-rx-evolution.html
最近、日本で似たような話を聞いたので、筆者がモヤっとした理由を言語化しておきます。
医療提供施設としての問題点
医療の基本的な役割と科学的根拠
薬局は、医師が処方した薬を患者と医師の間に立って最適な状態になるように提供し、患者の健康をサポートする「医療提供施設」です。その役割は、科学的根拠(エビデンス)に基づいた治療法を提供することにあります。
科学的根拠とは、厳密な研究や臨床試験によって効果と安全性が確認されたものです。一方で、「代替医療」と呼ばれる漢方やハーブサプリメントの多くは、十分な科学的根拠がない場合があります。そのため、薬局がこうした製品を積極的に扱うことは、本来の医療の信頼性を損なうリスクがあります。
安全性と責任の問題
薬局は患者に安全な医療を提供する責任があります。しかし、代替医療の一部には次のようなリスクがあります。
代替医療の多くは、個々の患者に対してどれほど効果があるかが明確ではありません。
また、ハーブサプリメントや漢方、いわゆる民間薬などは、医療用医薬品や一般用医薬品と相互作用を起こし、副作用を引き起こす可能性があります。
加えて、科学的根拠が不十分な製品を薬局が販売することで、これも医師・薬剤師が推奨する治療法と誤解される恐れがあります。
薬局がこうしたリスクのある製品を扱うことで、患者に不必要な危険を与える可能性があります。
医療と代替医療の哲学の違い
現代医療は、病気の原因を科学的に分析し、それに基づいて治療法を設計します。
一方で、代替医療は「自然治癒力」や「全体的なバランス」を重視し、その多くは科学的検証よりも伝統や経験則に依存しています。
この哲学の違いから、薬局という科学的根拠に基づく施設が代替医療を推進すると、一貫性が失われる可能性があります。
顧客へのメッセージの混乱
多くの生活者から薬局は「信頼できる医療情報源」として認識されています。しかし、科学的根拠が不明確な製品を扱うことで、「何が本当に効果的なのか」というメッセージが曖昧になり、顧客に混乱を与える可能性があります。
例えば、「このサプリメントで病気が治る」と誤解されれば、本来必要な治療を受ける機会を逃すリスクもあります。
医療面の問題点まとめ
薬局は本来、科学的根拠に基づいた安全で効果的な治療法を提供する場所です。
そのため、科学的検証が不十分な代替医療に注力することは、その使命や信頼性と矛盾します。もし代替医療を扱うのであれば、それらの限界やリスクについても正確に説明し、顧客に誤解を与えないよう配慮する必要があります。
マーケティング視点での非合理性
薬局が「代替医療」に注力することが、ビジネスとして相入れない理由をマーケティングの視点から説明します。
ブランドの一貫性の欠如
マーケティングにおいて、ブランドの信頼性と一貫性は非常に重要です。
薬局は、科学的根拠に基づいた医療サービスを提供する「信頼できる場」として顧客に認識されています。一方、代替医療は科学的根拠が不十分な場合が多く、効果や安全性に疑問が残ることがあります。この2つを同時に扱うと、次のような矛盾が生じます。
顧客は「薬局が科学的根拠を重視しているのか、それとも単なる商業的利益を追求しているのか」と混乱します。また、ブランドイメージが曖昧になり、結果として顧客からの信頼を失うリスクが高まります。
たとえば、「信頼できる医療情報源」としてのイメージを持つ薬局が、科学的根拠に乏しい製品を販売すると、顧客は「薬局全体の提供価値」に疑念を抱く可能性があります。
ターゲット顧客層の分断
医師の診察を受けて医療用医薬品や科学的根拠に基づく医療サービスを求める顧客層と、代替医療に関心を持つ顧客層は必ずしも一致しません。このため、次のような問題が生じます。
科学的根拠を重視する顧客は、「非科学的な製品」を扱う薬局に対して不信感を抱く可能性があります。
一方で、代替医療に関心を持つ顧客層は、医療提供施設を堅苦しく感じる可能性があり、購入手段として通信販売など手軽なものを好む傾向があります。
このように、異なる価値観を持つ顧客層にアプローチしようとすると、どちらにも中途半端な印象を与えてしまい、市場でのポジショニングが曖昧になります。
コミュニケーションメッセージの矛盾
マーケティングでは、一貫したメッセージが重要です。
しかし、「科学的根拠」と「自然治癒力」の両方を訴求すると、メッセージが矛盾しやすくなります。
たとえば、医薬品については「効果と安全性」を強調する一方で、代替医療では「化学物質に頼らない自然で穏やかなアプローチ」を訴求する。
このような矛盾したメッセージは、生活者に混乱を与え、「この薬局は何を重視しているのか?」という疑問を生じさせます。結果として、ブランド全体の信頼性が低下します。
販売戦略上のリスク
代替医療の商品は医薬品とは異なり、効果や安全性が証明されていない場合があります。
そのため、効果が感じられない場合や副作用が発生した場合、生活者からクレームや悪評が広まりやすいリスクがあります。
ビジネス全体として収益性やブランド価値に悪影響を与える恐れがあるのです。
差別化戦略としての弱点
競合との差別化という観点でも問題があります。
オンラインショッピングを含めた多くの小売店でも代替医療の商品は、適正使用のために規制の多い医薬品と比べて簡単に購入できます。そのため、「代替医療」を扱うだけでは差別化にはならず、「なぜこの薬局で買うべきなのか」という説得力に欠けます。
一方で、本来強みである「科学的根拠に基づいたサービス」という差別化ポイントが薄れることで、市場での独自性も失われる可能性があります。
マーケティング上の問題点まとめ
マーケティング視点から見ると、「科学的医療」と「代替医療」はターゲット顧客層・ブランドメッセージ・販売戦略など多くの面で矛盾しています。
この2つを同時に扱うことでブランドイメージが曖昧になり、結果としてどちらの市場でも中途半端なポジションとなりかねません。
ビジネスとして成功するためには、一貫した価値提案と明確なターゲティングが必要です。