営業利益を生み出す6つの変数
ネットスーパー事業の黒字化は、20年以上にわたり多くの企業が挑戦し、大部分が失敗してきた難題です。
その理由は明確です。ネットスーパーは「変動費ビジネス」であり、売上が上がっても自動的に黒字になるわけではありません。実店舗のスーパーマーケットが「固定費ビジネス」であるのとは、根本的に収益構造が異なるのです。
本稿では、ネットスーパーの営業利益を数式化し、黒字化に必要な具体的な数値目標を明らかにします。
営業利益の方程式
ネットスーパー事業の営業利益は、以下の方程式で表すことができます。
営業利益 = 売上高 × 粗利率 − (ピッキング費 + 梱包費 + 配送コスト + その他経費)
※粗利率 =(売上高 − 仕入原価)÷ 売上高
※その他経費 = 本部コスト、システム料、品出しコスト等
この方程式から明らかなように、黒字化の鍵は「粗利率を高め、変動費(ピッキング費・梱包費・配送コスト)を最小化する」ことにあります。
各変数の目標数値と試算例
【前提条件】1注文あたりの試算
売上高 5,000円 1注文あたり平均単価
仕入原価 3,500円 原価率70%の場合
粗利益 1,500円 粗利率30%
(1)粗利率は店舗より2〜4%以上高く設定する
ネットスーパーでは、粗利率を高くしないと黒字にはなりません。最低でも店舗の小売業より2〜4%高い粗利率を確保することが必要です。
在庫状況に合わせて、売り場をこまめに変更できることがネットスーパーのメリットの一つです。アップセル、PB推奨の特集ページなどの工夫をすることで高い粗利益率にすることができれば黒字化に大きく近づきます。
(2)ピッキングは1時間80個以上が最低ライン(客単価5,000円、粗利益率30%の場合)
注文された商品を棚から集めるピッキング作業の費用は、ネットスーパーにおいて優劣の差が大きく出る変動費です。黒字化のためには、1時間当たりのピッキング数量を80個以上にする必要があります。
時給(人件費+その他経費含む) 1,600円としたときに
1時間当たりピッキング数 80個
1個当たりピッキングコスト 20円
1注文15点の場合 300円
⚠ 店舗型ネットスーパーの構造的課題
EC専用センター(ダークストア)と比較して、店舗内でのピッキングは作業効率が著しく低下します。
理由1:売れ筋配置の非最適性 EC専用センターでは、よく売れる商品を梱包場所の近くに配置できますが、店舗では売れ筋商品が必ずしも梱包場所の近くにあるわけではありません。店内をくまなく歩いてピックアップする必要があります。
理由2:来店客との動線競合 営業中の店舗内では買い物中のお客様を避けながらピッキングする必要があり、移動速度が制限されます。
(3)梱包費は1注文250円程度かかる
ネットスーパーでは、商品をダンボールに詰めて配送する梱包作業が必要です。この工程には、1注文あたり250円程度のコストがかかります。
• 資材コスト:ダンボール、ビニール袋、緩衝材、テープ等
• ダンボール組み立て:適切なサイズの箱を選択して組み立てる
• 商品の適切な配置:重いものを下に、壊れやすいものは上に、温度帯別仕分け
• 緩衝材・保冷剤封入:商品保護、鮮度維持のための資材投入
• 封函・送り状添付:テープ止め、配送伝票の貼付 EC専用センターなら自動化されていますが、店舗倉庫ではそうもいきません。注文ごとに人件費が発生します。
(4)一番大きな配送コストは1時間に1台4件以上の配送密度が欲しい
配送コストを抑制するには、小商圏高密度の配送体制が不可欠です。目標はトラック1台当たり1時間の配送件数を4件以上にすることです。
軽トラック1台当たり時間コストを2,500円としたときに
└ 内訳:人件費+ガソリン代+車両費
1時間当たり配送件数 4件
1件当たり配送コスト 625円
1時間に5件配送できれば、これが500円になるのでマンションなどの集合住宅で複数の受注が確保できると黒字化が近づきます。
(5)品出しコストはネットスーパーで隠れやすい変動費
店舗型ネットスーパーでは、卸・メーカーから入荷した商品を店内に陳列する「品出しコスト」も発生します。店舗では営業時間中にお客様を避けながら品出しをする必要があるため、EC専用センターよりも作業効率が低下します。通常の実店舗の変動費に組み込まれがちですが、作業分析をして売り上げピース数あたりの人件費を実店舗と按分すべきでしょう。
(6)その他経費:売上高の5%以内
本部コスト(部門人件費だけでなく、全社コストを実店舗と売上げ按分)、システム利用料、決済手数料などの経費は、売上高の5%以内に抑える必要があります。5,000円売上時で250円が目安です。
黒字化シミュレーション
実店舗と同じ客単価・利益率のケース
実店舗中心企業が「実店舗と同じ体験をネットでも」の掛け声のままにネットスーパーに着手すると以下のような収益になります。ピックアップや配送効率を目標数値にしているので、現実はより大きな赤字を生んでいます。
実店舗スーパーマーケットの平均客単価は規模・立地・曜日で異なりますが、概ね2,000円であり、粗利益率は27%程度です。このケースで営業利益を計算してみましょう。
売上高 2,000円
粗利益 540円 :2,000円 × 27%
ピッキング費 △120円 :6点 × 20円
梱包費 △250円 :1注文あたり
配送コスト △625円 :2,500円 ÷ 4件
その他経費 △100円 :2,000円 × 5%
営業利益 △555円 営業利益率 △27.75%
黒字化シミュレーション
目標数値で挙げた1注文5,000円・15点のモデルケースで営業利益を計算してみましょう。
売上高 5,000円
粗利益 1,500円 :5,000円 × 30%
ピッキング費 △300円 :15点 × 20円
梱包費 △250円 :1注文あたり
配送コスト △625円 :2,500円 ÷ 4件
その他経費 △250円 :5,000円 × 5%
営業利益 75円 営業利益率 1.5%
なんとか黒字になりました。ところが、これには卸・メーカーから納品された商品を店舗の陳列棚に並べる作業コストが実店舗部門で全て負担していますので、より変動費を抑える工夫が必要になります。
事例:Wegmans(ウェグマンズ)のピッキング効率化
アメリカ東海岸で最も人気のあるスーパーマーケットの一つであるWegmans(ウェグマンズ)では、ネットスーパー事業において独自のピッキング効率化施策を展開しています。
施策のポイントは4つあります。
1.目標設定:各作業員に「1ピースをピッキングする時間」の目標数値を設定
2.可視化:成績は順位形式で名前を掲示
3.インセンティブ:優秀者には追加ボーナスを支給
4.改善指導:一定以下の作業効率の作業員には改善指導を実施。おそらく改善されなかった者は解雇されます。
この施策により、ピッキング作業が単なる「こなす作業」から「成果を競う業務」へと変化し、全体の作業効率が向上しています。
日本企業への示唆として、
• 作業時間の可視化と目標設定
• ピッキング動線の最適化(売れ筋商品の配置見直し)
• 作業員へのインセンティブ制度
• ハンディターミナルによるリアルタイム計測と効率的なピックアップ順序計算
があります。
ネットスーパー黒字化の3原則
原則1:変動費ビジネスであることを認識する
売上を伸ばしても黒字にはならない。1注文あたりの採算管理が必須。
原則2:ピッキング効率80個/時間を死守する
最も企業による差が出る変動費であるピッキングコストを20円/個以下に抑制。
原則3:客単価最低5,000円以上を目指す
5,000円でも赤字になる企業が多いです。購入点数増加と高単価・高粗利益商品で客単価アップを。