この記事の要点
- 売上は結果の数字です。小売業の業績改善は、売上を因数分解し、どの要素が落ちたかを特定してから施策を選ぶことから始まります。
- 「売上をあげろ」とだけ指示すると、現場は原因に合わない値引きやポイント増額に頼りがちです。その結果、粗利益を削っても売上が戻らない店が生まれます。
- 利益を見る基本の指標は、粗利益、在庫回転率、その2つを掛け合わせた交差比率です。売上が同じでも、品揃えと売価の設計しだいで利益は大きく変わります。
- マーチャンダイジング(何を、いくらで、どう並べるか)とマーケティング(誰に、どう来続けてもらうか)は役割が違います。片方だけでは、客数と客単価を同時に伸ばせません。
- AIやアプリを入れただけでは利益は増えません。顧客に届けたい価値と、成果を測る経営数字を先に決めた企業だけが投資を回収できると考えています。
「売上をあげろ!」という指示が売上を下げる理由
小売業の会議では、前日比・前月比・前年比の数字がよく並びます。予算に届かない店には、本部が「売上をあげろ」と指示します。ところが、この指示だけでは売上は上がりません。売上を下げようとして下げている店は、1店もないからです。
前年比は「健康診断」の数字
売上の前年比、粗利率、人時生産性(従業員1人が1時間に生む売上や粗利)は、会社の健康診断にあたる数字です。異常には気づけますが、何をすればよいかは教えてくれません。
たとえば、ある店の売上が前年比98%だったとします。原因が既存客の来店減少なら、既存客向けの施策が要ります。既存客は来ているのに、近くの競合に買い物の一部を奪われているなら、必要なのは競合対策です。打つべき手は原因ごとに違います。私はこの切り分けが、業績改善の出発点だと考えています。
指示が値引きとポイントに流れる構造
原因を分けないまま「売上をあげろ」と求められた現場は、すぐ打てる手を探します。ポイント倍率を上げる、チラシの目玉商品を増やす、セールを重ねる、といった手です。
途中の行動を測る指標(プロセスKPI)がない組織ほど、この傾向が強くなります。最終の売上しか追わないため、予算までの残り数%を埋める手段がセールしかなくなるわけです。ところが、セールに反応するのは、セールがなくても来ていた顧客であることが多くあります。その場合、売上は戻らず、粗利益だけが減ります。
物価上昇期には、別の落とし穴もあります。単価の上昇で売上が見かけ上伸びるため、本部の関心がコスト削減に向きやすくなります。私が関わった検討の場でも、本部は店舗クラスター(似た条件の店のグループ)ごとの前年比売上を追っていましたが、商品構成の中身はほとんど分析していませんでした。
施策の問題か、実行の問題か
売上が上がらない原因は、もう1つの軸でも分けられます。施策の内容が悪いのか、施策が店舗で実行されていないのか、という軸です。
本部の指示が売場でどこまで実行されたかを記録すれば、この2つを区別できます。実行率が高いのに成果が出ないなら、施策の設計を見直します。実行率が低いなら、伝え方と作業の割り当てを直します。どちらか分からないまま次の施策を重ねると、現場は疲れるだけになります。
売上より先に見る指標:粗利益・在庫回転率・交差比率・客数と客単価
業績改善の会議では、売上だけでなく、その構成要素と利益の指標を並べて見ることをおすすめします。まず売上を分解し、どの要素が変わったのかを確かめます。
客数×客単価をさらに分解する
店舗の売上は、次のように分けられます。集計期間と対象店舗は、すべての指標でそろえます。
- 売上=延べ購買客数×客単価
- 延べ購買客数=実購買客数×購買頻度
- 実購買客数=新規購買客数+既存購買客数
- 客単価=1回当たり買上点数×平均一品単価
延べ購買客数は、購入した回数の合計です。同じ人が期間中に3回購入すれば、3回と数えます。実購買客数は期間中に購入した人数で、同じ人を重複して数えません。購買頻度は、実購買客1人当たりの期間中の平均購入回数です。
したがって、売上は「実購買客数×購買頻度×客単価」とも表せます。来店しても購入しない人がいるため、来店頻度と購買頻度は区別します。
この分解を使うと、購入する人が減ったのか、購入する回数が減ったのか、1回に買う点数が減ったのか、平均一品単価が下がったのかを切り分けられます。平均一品単価は「売上÷総買上点数」で求めます。平均一品単価は、値下げのほか、低価格商品の構成比が上がった場合にも下がります。
客単価の変化を売場の行動から捉える
客単価の変化を調べるときは、売場での行動にも目を向けます。インストアマーチャンダイジングでは、動線の長さ、売場への立ち寄り率、商品の視認率、買上率、買上個数、商品単価などを、客単価に影響する要素として扱います。
ただし、これらを一般的な定義のまま掛け合わせても、客単価とは一致しません。売上を計算する恒等式とは分けて、改善する場所を探るための指標として使うことが望ましいと考えています。たとえば立ち寄り率が低ければ売場の配置や誘導を、視認率が低ければ陳列や表示を確かめます。
考え方の詳細はインストアマーチャンダイジングにまとめました。来店前に買うと決めていた商品と、売場で買うと決めた商品の違いは計画購買と非計画購買で扱っています。施策の効果を段階ごとに数える方法は購買行動のファネル分析が参考になります。
粗利益:値入と実現の差を見る
粗利益は、売上から売上原価を引いた額で、売上×粗利率で表せます。粗利率は、おおむね「値入率−ロス率」になります。値入率は仕入時に計画した利幅で、ロス率は値下げ・廃棄・棚卸差異による目減りの割合です。
仕入時に計画した粗利と、実際に残った粗利の差を、カテゴリーごとに見ることが望ましいと考えています。差が大きいカテゴリーでは、値下げや廃棄で利益が漏れています。売上を伸ばす前にこの漏れを止めるほうが、利益は早く改善することが多くあります。
在庫回転率:在庫を何回売り切ったか
在庫回転率は、一定期間に在庫が何回入れ替わったかを示す指標です。原価ベースでは「売上原価÷平均在庫原価」で計算します。回転率が高いほど、少ない在庫で売上をつくれています。
社内では、在庫回転と客席の回転のように「回転」という言葉を混同しないことが大切です。私は会議で「回転が落ちた」という発言を聞いたら、「在庫回転」と明記するよう求めています。
交差比率:利幅と回転を1つの数字で見る
交差比率は、粗利益率×商品回転率(売価ベース)で求めます。利幅は大きいが売れない商品と、利幅は小さいがよく売れる商品を、同じ物差しで比べられます。
似た指標に、GMROI(粗利益額÷平均在庫高〈原価〉)があります。どちらも在庫投資の効率を見る指標ですが、計算の基準が異なります。社内でどちらを使うかを決めておくことが望ましいと考えています。
品揃えを深くすれば売上は伸びやすい一方、回転率は下がりやすくなります。業態ごとの収益構造は、粗利益率・販管費率・商品回転率の3つが噛み合って初めて成り立つと考えています。交差比率は、この噛み合い方を確かめる入口になります。
業績改善の打ち手を整理した表
売上を分解し、利益の指標を確かめたら、施策を選びます。施策ごとに、変化を確かめる指標と、現場でよく見る失敗を整理しました。
| 打ち手 | 変化を確かめる指標 | よくある失敗 |
|---|---|---|
| 品揃え | 交差比率、カテゴリー粗利額、棚欠品率 | SKU(品目)を増やして深さを出し、回転率を落とす。前年比売上だけを見て商品構成の中身を分析しない |
| 売価設定 | 粗利率、値入率、客数 | 競合への一律の対抗値下げ。販管費削減と物流の平準化の裏付けがないままEDLP(毎日低価格)を掲げる |
| 売場・インストアマーチャンダイジング | 立ち寄り率、買上率、買上点数、棚1cmあたり粗利 | 棚割をメーカーや卸の提案に任せきりにし、生活者の買いやすさより取引条件で並びが決まる |
| 販促 | 増分粗利、客数、2回目購買率 | 原因を特定せずにポイント倍増やセールを重ね、来るはずだった顧客に値引きして粗利を減らす |
| 顧客との関係づくり(アプリ・CRM・LTV) | 2回目購買率、購買頻度、粗利ベースのLTV(顧客生涯価値) | アプリを会員証とクーポン配信だけに使う。会員IDと購買履歴がつながらず、施策を打つだけになる |
| 作業の標準化 | 完了報告率、実地遵守率、欠品率 | 指示を出して終わりにする。実行されたかを確かめないため、施策の良し悪しを判断できない |
売価の決め方は売価設定とプライシング戦略に詳しく書きました。EDLPは、価格を下げれば済む施策ではありません。粗利率の低下を販管費の削減と物流の平準化で吸収できる企業だけが続けられます。
表の最後の行は、ほかのすべての施策の土台になります。同じチェーンでも店ごとに実行の質が違えば、どの施策も効果が読めません。店舗差の生まれ方は作業標準化で店舗差をなくすで詳しく書きました。
計画どおり実行されているのに交差比率が低い場合は、計画そのものを見直す合図です。実行の指標と利益の指標を並べて見ると、見直す場所が分かります。
マーチャンダイジングとマーケティング:両方が要る理由
業績改善の相談では、「MDを強化すべきか、販促を強化すべきか」とよく聞かれます。私は、両方が要ると答えています。担う指標が違うからです。
マーチャンダイジングは「来た人の買いやすさ」を設計する
マーチャンダイジング(MD)は、品揃えと売場を決める仕事です。何を、いくらで、どこに、いくつ、いつ並べるかを決め、来店した人が迷わず選べて、ついでの買い物も見つかる状態をつくります。主に客単価と在庫回転率を動かします。
私は、MDの中心は「買いやすさの設計」にあると考えています。ところが実際には、メーカーとのリベート交渉や棚割の慣行に縛られ、生活者から見た売場になっていない例が多くあります。
マーケティングは「来てもらい、来続けてもらう」を設計する
小売のマーケティングは、来店前・店内・購買後の3つの段階で考えます。来店前は、店を思い出してもらい、来店の理由をつくります。店内では、売場で商品に気づいてもらいます。購買後は、次の来店につながる提案を届けます。主に客数と購買頻度を動かします。
2つがつながると在庫回転まで動く
MDで買いやすい売場をつくると、購買が習慣になりやすくなります。マーケティングで来店頻度を上げると、LTVが積み上がります。需要が増えれば、在庫回転率も上がります。片方だけを強化すると、この循環は途中で止まります。
私はドラッグストアを自社で経営した後、ドラッグストアチェーンでEC事業会社の社長と統合マーケティング部長を務め、店の売場と顧客とのつながりの両方を同時に見てきました。その経験から、2つを別の部署の話として扱う組織ほど成果が出にくいと考えています。違いの詳細はマーチャンダイジングとマーケティングの違いにまとめました。
顧客体験(CX)を収益につなげる考え方
機能価値だけでは選ばれ続けにくい
同じナショナルブランド商品は、どの店でも買えます。価格もスマートフォンですぐ比べられます。品質や価格といった機能面の価値だけで選ばれ続けるのは、年々難しくなっています。
そこで、顧客体験(CX)が価値を補います。CXとは、来店前から購入後までに顧客が感じる体験の全体です。「この店なら欲しいものがある」「迷わず買える」という安心が、価格差以外の選ぶ理由になります。
CXはオペレーションから生まれる
CXと聞くと、接客の丁寧さや店内の演出を思い浮かべる人が多いでしょう。私は、CXの土台はオペレーションの精度にあると考えています。
前出し、清掃、正確な在庫、欠品しない補充といった作業が毎日きちんと回ることで、「あるはずの商品がある」という信頼が生まれます。欠品は、その信頼を一度で失わせます。目立つ施策の前に、日々の作業の質を確かめることが望ましいと考えています。
顧客が離れる理由ごとに手を打つ
顧客が店を離れる理由は、期待外れ、忘却、競合への流出、生活の変化の4つに大きく分けられます。理由ごとに打つ手が違います。忘却には購買後の連絡が、期待外れには売場と商品の改善が有効です。
なかでも効果が大きいのは、初回購入から2回目の購入までの設計です。2回目につながらない顧客をいくらポイントで呼び戻しても、利益は残りにくくなります。
接点・行動・事業成果を分けて測る
CXやアプリの施策は、3段階に分けて測ります。1つ目は接点(アプリの起動、通知の開封)、2つ目は行動(来店、購入、2回目購買)、3つ目は事業成果です。
事業成果は、施策がなかった場合と比べた増分粗利で見ます。さらに、施策費と運用費を引いた後の増分利益まで確かめます。LTVも、粗利で評価することが望ましいと考えています。会員数やアプリのダウンロード数が増えても、事業成果につながらなければ投資は回収できません。
データとAIを業績改善に使うときの注意
AIを入れただけでは利益は増えない
「AIを導入したのに利益が増えない」という声を、小売の現場で聞く機会が増えました。私はこれを「がっかりDX」と呼んでいます。
典型的な例があります。社内で成果の出なかった小さな実証実験を、企業がプレスリリースで「DX推進」と発表します。ウェブメディアが記事にし、社内では掲載記事数が成果として報告されます。しかし本番導入も費用対効果も示されず、経営成果は0のままです。
起点は顧客に提供したい価値
AI活用の目的は、業務を楽にすることに加えて、顧客に提供する価値を高めることにあります。目的が曖昧なまま技術から入ると、導入そのものが目的になります。
AIを入れる前に、成果を測る経営数字を決めることが望ましいと考えています。返品率なのか、問い合わせの対応時間なのか、粗利益なのか。指標が決まっていなければ、効果測定も改善もできません。
差がつくのはAIに渡すデータ
AIモデルやクラウドは、どの企業も調達できます。差がつくのは、AIに渡す自社の独自データです。私は、価値のあるデータを4つの要素で整理しています。
- 事実:何が起きたか(閲覧、購入、返品)
- 文脈:何のために、どんな制約で(用途、予算、困りごと)
- 判断:なぜそう提案し、対応したか(代替提案、例外対応)
- 結果:その後どうなったか(購入、満足、再購入)
POSデータは事実を示しますが、なぜ買ったかは分かりません。多くの企業で欠けているのは、判断と結果のデータです。
米国の家具ECのWayfairは、AIを商品情報の公開前のチェックに使っています。人が確認した結果を記録として積み上げ、誤購入や返品の減少につなげています。華やかな接客AIより先に、利益に直結する目立たない工程から取り組んだ例です。
AI活用の全体像は小売業のAI活用で整理しました。利益につながる変革の進め方は小売DXで成果を出すにはで語っています。データ活用の考え方はデータ活用で学ぶべきはコスモス薬品も参考になります。
何から始めるか:業績改善の5ステップ
ステップ1:売上を分解し、落ちている要素を特定する
売上を客数・客単価・購買頻度に分け、客数はさらに新規客と既存客に分けます。前年と比べて、どの要素が最も大きく変わったかを1つに絞ります。
ステップ2:粗利益・在庫回転率・交差比率でカテゴリーを並べる
カテゴリーごとに、売上・粗利・在庫・回転率・交差比率を1枚の表に並べます。月次で同じ表を見続けると、利益が漏れている場所と、伸ばす余地のある場所が見えてきます。
ステップ3:施策を絞り、指標と期限を決める
ステップ1で特定した要素ごとに、施策の候補を出します。効果の大きさと実現しやすさで順位を付け、上位の1〜2個に絞ります。施策ごとに、変化を確かめる指標と検証する時期を先に決めておきます。
ステップ4:実行を確かめる仕組みをつくる
本部の指示が売場でどこまで実行されたかを確かめます。誰が、何を、いつまでにやるかを役割ごとに分け、完了の報告と実地の確認を記録します。施策の問題と実行の問題を分けるための準備です。
ステップ5:増分粗利で検証し、次の施策を選ぶ
施策の効果は、売上の増減ではなく増分粗利で判定します。施策費と運用費を引いても利益が残ったかを確かめ、効果のあった施策は他の店やカテゴリーに広げ、効果のなかった施策は原因の見立てに戻って選び直します。
よくある質問
小売業の業績改善は、まず何から手をつければよいですか?
売上を客数・客単価・購買頻度に分け、前年から最も大きく落ちた要素を特定することから始めます。原因が分かる前に値下げや販促を打つと、粗利益だけが減る結果になりやすくなります。
売上と利益のどちらを優先すべきですか?
判断の基準は利益に置きます。売上は結果の数字で、値引きで一時的に伸ばすこともできます。粗利益と在庫回転率を見て、利益が残る売上の伸ばし方を選びます。
交差比率と在庫回転率はどう使い分けますか?
在庫回転率は、在庫を効率よく売り切れているかを見る指標です。交差比率は、粗利益率と商品回転率を掛け合わせ、利幅と売れ行きを同時に評価します。品揃えの見直しでは、交差比率で商品やカテゴリーを比べると判断しやすくなります。
AIやアプリを導入すれば業績は改善しますか?
導入しただけでは改善しません。顧客に提供したい価値と、成果を測る経営数字を先に決めます。そのうえで、増分粗利など事業成果まで測れる仕組みをつくった場合に、投資を回収できます。
この内容で社内研修や講演を依頼できますか?
できます。業績改善とマーチャンダイジングをテーマにした講演と社内研修をお受けしています。対象者や時間はご相談のうえで決めます。
講演・研修と相談のご案内
この記事の内容は、講演と社内研修でも扱っています。経営層、商品部、販促部、店長など、立場ごとに必要な判断基準は違います。テーマや対象の例は業績改善・マーチャンダイジングの講演・研修にまとめました。
私は1999年にドラッグストアの経営を始め、その後ドラッグストアチェーンでEC事業会社の社長と統合マーケティング部長を務めました。2018年に独立し、スーパーマーケット、ドラッグストア、専門店などを支援しています。
継続して相談したい企業には、アドバイザー・顧問契約もご用意しています。契約の形と支援の例はアドバイザー・顧問契約で紹介しています。
組織としてプロジェクトを進めたい法人は、小売DX合同会社として支援しています。考え方の土台は小売業の本質に書きました。
