店舗DXとは?デジタル化との違いとWalmartの成功・失敗事例

店舗DXとは?デジタル化との違いとWalmartの成功・失敗事例

この記事の要点

公開日:2025年4月30日/最終更新日:2026年10月2日

  • 店舗DXとは、デジタル技術とデータを使って店舗・店舗運営・ECを一体で作り変え、レジ待ちや商品探しといった顧客の手間を減らして競争優位を確立する取り組みです。セルフレジやアプリを入れた時点では、まだデジタル化の段階です。
  • Walmartは、約500店舗で動かしていた棚スキャンロボットを止め、1,500店舗以上に置いたピックアップタワーの撤去と停止を決めました。続けたのは、来店客が支持したカーブサイドピックアップ(BOPIS)です。
  • 2025年6月に始めた生成AIアシスタント「Sparky」は、2026年にChatGPTとGeminiの中でも使えるようになりました。2026年8月の決算説明会で、Walmartは利用客数が前年から70%増えたと説明しています。
  • 電子棚札は約2,300店舗に入り、価格の表示に加えて品出しとECピッキングの作業指示も出します。2026年9月には、客ごとに価格を変えない方針をCEOが書簡で示しました。
  • 日本の小売業が最初に洗い出すのは、顧客の手間がどの場面で発生しているかです。導入するAIの選定はその後です。

更新履歴

  • 2026年9月10日:AI時代の節(Sparky、電子棚札、Store of the Future、Wally)と、よくある質問を追加
  • 2026年10月:定義と数字の出典を一次情報に差し替え、Walmartの年表、電子棚札の価格方針、よくある質問2問を追加
目次

店舗DXとは:定義とデジタル化との違い

店舗DXとは、デジタル技術とデータを使って店舗・店舗運営・ECを一体で作り変え、レジ待ちや商品探しといった顧客の手間を減らして競争優位を確立する取り組みです。

判断の基準は2つあります。顧客の手間が減ったか、顧客がその店を選ぶ理由が増えたかです。どちらも起きていなければ、ツールを入れてもデジタル化の段階にとどまります。

経済産業省は、2018年12月の「DX推進ガイドライン」でDXを次のように定義しました。現行の「デジタルガバナンス・コード3.0」(2024年9月改訂)も、同じ定義を使っています。

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

[経済産業省 デジタルガバナンス・コード3.0 2024年9月]

この定義の目的は、競争上の優位性を確立することです。データとデジタル技術は手段の位置にあります。変える対象は製品やサービスに加え、業務、組織、企業文化まで広がります。DXという言葉の起源と一般的な定義は「DXの起源と定義」にまとめています。

段階 何をするか 店舗の例
デジタイゼーション 紙や手作業をデジタルに置き換える 紙の値札を電子棚札に替える
デジタライゼーション 1つの業務の流れをデジタルで変える 電子棚札で売価変更を数分で終える
DX 顧客体験と事業の仕組みを作り変える 電子棚札に品出しとECピッキングの指示を出させ、BOPISの欠品と待ち時間を減らす
目的は顧客体験で技術は手段

目的は顧客体験で技術は手段

店舗DXが失敗する典型:手段の目的化

人手不足を理由にセルフレジを入れる、ポイントアプリを作る、配膳ロボットを入れる。どれも手段としては有効です。ただし、顧客の手間が減らなければ、店舗DXの成果は出ません。

典型例は、自社専用アプリの利用を来店客に求める方式です。本部はクーポン配布や会員機能の入口をアプリに集め、会員データを継続して集めようとします。ところが来店客の側では、次の手間が増えます。

  1. アプリをダウンロードし、会員登録で個人情報を入力する
  2. スマートフォンの容量を空ける
  3. 久しぶりに開くとログアウトしており、IDとパスワードを思い出せない

3番目の手間で、アプリの利用をやめる来店客がいます。店に行くこと自体をやめる人もいます。本部が会員データの収集を優先した結果、来店客が「手間なく情報やサービスを使いたい」と考えている点を見落としたわけです。

来店が年に数回の業態では、専用アプリで囲い込むより、LINE公式アカウントやミニアプリなど来店客がすでに使っているアプリでつながる方が関係を保てます。来店客は新しいアプリを入れずに済み、店は連絡の窓口を持てます。

手段の目的化を避ける具体的な進め方は、小売DX合同会社のコラム「店舗DXの進め方:セルフレジ・電子棚札などツール導入の手順とKPI」にまとめています。業務と顧客の手間を数字で示す方法から、優先課題の絞り込み、パイロット店舗のKPIとやめる基準までを扱っています。

Walmartは何を試し、何をやめたか

Walmartは2007年から店舗受け取りを広げる一方で、ピックアップタワー、棚スキャンロボット、Scan&Goを試し、来店客の手間を減らさなかった技術を止めてきました。続けたのは、来店客が支持したカーブサイドピックアップと、作業指示まで出す電子棚札です。

時期 施策 規模 結果
2007年3月〜 Site to Store(ECで注文した商品を店舗で無料で受け取る) 開始時に750店舗超。2007年夏に全米の店舗へ広げる計画 店舗受け取り(BOPIS)へ発展
2012年〜 Scan&Go(客が自分のスマートフォンで商品を読み取る) 2018年の中止時に約150店舗 2度中止し、2020年9月からWalmart+会員向けに提供
2016年〜2021年 ピックアップタワー(ECの注文品を受け取る自動受け取り機) 1,500店舗以上 2021年4月に撤去と停止を報道(約300台を撤去、約1,300台を停止)
〜2020年11月 棚スキャンロボット(Bossa Nova製) 2020年1月に約1,000店舗へ広げる計画を発表。約500店舗で稼働 2020年11月に契約終了
2024年6月〜 電子棚札 2024年6月に「2026年までに2,300店舗」と発表。2026年3月時点で約2,300店舗 1年以内に全店へ広げる計画(2026年3月)
2025年6月〜 Sparky(生成AIアシスタント) アプリから、Gemini(2026年1月発表)とChatGPT(2026年3月)へ拡大 利用客数が前年から70%増(2026年8月)

年表の出典

Scan&Goは3度目の挑戦

Scan&Goは、客が自分のスマートフォンで商品のバーコードを読み取り、専用レジで会計する仕組みです。Walmartは2012年に試験を始め、2017年に再開して約150店舗まで広げましたが、2018年に再び止めました。Retail Diveによると、Walmartは店舗を広げた結果、使う客が少ないと分かり、中止を決めました[Retail Dive 2018年5月]。筆者は、スキャン忘れを含む万引きの増加も中止の理由になったと見ています。3度目となる現在は、年会費制の有料会員Walmart+の特典として提供しています。

Walmart East Brunswick Supercenter店のセルフレジと、Walmart+会員向けScan&Goの案内表示(2023年9月16日撮影)

セルフレジの上に「Walmart+ Mobile scan & go for members」の案内が掲げてあります。Scan&GoはWalmart+会員だけが使えます(2023年9月16日、Walmart East Brunswick Supercenter店で筆者撮影)

約500店舗で動かしていた棚スキャンロボットを止めた

Walmartは、棚の陳列と在庫の状況を確かめるため、Bossa Nova製の棚スキャンロボットを入れました。2020年1月には、導入先を約1,000店舗に広げる計画を発表しています。ところが2020年11月、約500店舗で動いていた段階で契約を終えました。

Walmartは中止の詳しい理由を公表せず、「別の方法を試している」と説明しました。The Wall Street Journalによると、ECの注文品を集める従業員が売場を頻繁に歩くようになりました。同紙は、Walmartが在庫の確認をその従業員に任せられるようになったと報じています[Retail Dive 2020年11月]。コロナ禍でBOPISの注文が急増し、店内でピッキングする従業員を増やしたことが背景にあると筆者は考えています。従業員が売場を把握できている店では、棚スキャンロボットは不要になったわけです。2020年の時点で、床を磨くロボットなど別の用途のロボットは使い続けていました。

1,500店舗以上のピックアップタワーを撤去・停止した

ピックアップタワーは、ECで注文した商品を店頭で受け取るための自動受け取り機です。高さは約5メートルで、内部に最大300箱を保管でき、客がバーコードを読ませるか注文番号を入れると、5〜45秒で商品がベルトコンベヤーで出てきました。Walmartは2016年に導入を始め、1,500店舗以上に広げました。

狙いは3つありました。受け取りの待ち時間を減らすこと、受け渡しを自動にして人手を減らすこと、受け取りの来店でついで買いを促すことです。ところがコロナ禍で、客は店に入らずに済むカーブサイドピックアップ(駐車場で従業員が車に商品を積む方式)を選びました。The Wall Street Journalは2021年4月、Walmartがタワーの撤去と停止を進めていると報じました。同社の広報は、客が受け取り場所を店の外の1か所にまとめることを望んだと説明しています[Yahoo Finance 2021年4月]。

BOPISが売上につながる理由

BOPISで注文品を受け取りに来た客の多くは、店内で別の商品も買います。BOPIS(Buy Online, Pick-up In Store)は、オンラインで購入した商品を店舗で受け取るサービスです。受け取りサービスのDoddleは、2018年12月24日から29日に米国の買い物客2,000人超を調べました。85%が、受け取りの際に追加購入した経験があると答えています[Retail Dive BOPIS調査記事 2019年2月]。

85%は追加購入の「経験がある」人の割合で、受け取り1回あたりの購入率とは異なります。食品の受け取りに限ると、2024年に追加購入した利用客は44%でした。米国のBOPIS売上は2025年に1,543億ドルで、クリック&コレクト(店舗受け取り)の売上は2030年に2,919億ドルに達する見込みです。どちらもCapital One Shoppingが公開データから集計した数字です[Capital One Shopping BOPIS統計 2026年6月更新]。

Walmartの店舗受け取りは、2007年3月のSite to Storeから始まりました。当時は、ECで注文した商品がECの物流センターから店舗に届き、客はサービスカウンターで受け取る仕組みでした。利用が増えてサービスカウンターが混むようになり、Walmartはピックアップタワーを開発しました。

カーブサイドピックアップはコロナ禍の前から提供していましたが、筆者の見たところ、当時のWalmartは受け渡しに従業員が要らないピックアップタワーに力を入れていました。人との接触を避けたい客が増えると、店に入らずに受け取れるカーブサイドピックアップが支持を集めました。Walmartは従業員を急いで募集し、店内の商品を集める人員を確保しました。

Walmart Secaucus Supercenter店のカーブサイドピックアップ用の駐車枠(2023年9月15日撮影)

カーブサイドピックアップ用の番号付き駐車枠。客はこの枠に車を止め、従業員が注文品を車まで運びます(2023年9月15日、Walmart Secaucus Supercenter店で筆者撮影)

コロナ禍が落ち着いた後も、客はカーブサイドピックアップを使い続けました。筆者がWalmartを視察すると、注文品を車に積んでもらった後に車を降り、店内で新しい商品を探す客をよく見かけます。

品質にばらつきがないトイレットペーパーや牛乳はBOPISで買い、調理に合わせて選びたい魚やトマトは自分の目で選ぶわけです。競合のTargetやKrogerも、カーブサイドピックアップに力を入れるようになりました。

当時CEOだったDoug McMillon氏は、2019年2月19日の決算説明会で次のように述べています。

顧客は店舗とeコマースビジネスをデジタルに接続したシームレスな方法で統合し、ショッピングをより簡単にすることを望み、期待していると確信している。

[The Motley Fool Walmart Q4 2019 Earnings Call Transcript 2019年2月]

客にとってのBOPISの価値は、買い物の時間が減ること、商品を確実に確保できること、受け取りの時間を選べること、配送料がかからないことです。

Walmartは、アプリで到着を知らせるモバイルチェックイン、商品を準備して車まで運ぶ専任の従業員、受け取り用の保管場所、一部店舗での24時間受け取りを加えてきました。

成功の条件

成功の条件

買い物の入口がAIに移る:Sparkyとエージェンティックコマース

Walmartは生成AIアシスタント「Sparky」を自社アプリからChatGPTとGeminiへ広げ、買い物の入口をAIの中にも置きました。棚スキャンロボットやピックアップタワーと同じく、AIにも「顧客の手間を減らすか」という物差しを当てています。

2025年6月、Walmartはアプリ内に生成AIショッピングアシスタント「Sparky(スパーキー)」を投入しました。商品を探す、レビューを要約する、用途や場面から提案する、比較して選ぶ。これまで顧客が検索結果を何ページも見比べていた作業を、顧客はAIとの対話で済ませられるようになりました。同社はこれを「AIが受け身(reactive)から先回り(proactive)へ変わる」と表現し、日用品の自動再注文、サービス予約、テキスト・画像・音声・動画の理解にも広げる計画です。

Sparkyは自社アプリの外にも出ました。Walmartは2025年10月にOpenAIとの提携を発表し、2026年3月にはChatGPTの中にWalmartのアプリ体験を実装しました。ChatGPTで献立や買い足しを相談した客は、そのままWalmartのアカウント連携・会員特典・決済まで進めます。

2026年1月にはGoogleとも提携し、Gemini上でWalmartとSam’s Clubの品ぞろえを探して、そのまま購入できるようにしました。John Furner氏は当時、Walmart U.S.のCEOでした(2026年2月にWalmart Inc.のCEOに就任)。同氏は「従来のWeb検索やアプリ検索から、エージェント主導のコマースへの移行は、小売における次の大きな進化だ」と発言しています。

Furner氏は2026年8月20日の決算説明会で、Sparkyの利用客数が前年から70%増えたと説明しました。同氏によると、Sparkyを使う客は、使わない客より1注文あたりの購入額が40%多くなっています[Walmart 決算説明会 2026年8月]。40%は使う客と使わない客の比較で、Sparkyが購入額を押し上げたという因果までは示していません。

これまで小売業は「自社アプリを入れてもらい、開いてもらう」ことを競ってきました。AIが買い物の相談相手になると、競争の軸は「AIに選ばれ、AIが正しく説明できる商品情報・在庫・価格を持っているか」に移ります。この構造の変化は、エージェンティックコマースの用語解説でも整理しています。

電子棚札は何に使うのか:作業指示と価格方針

Walmartは電子棚札を、価格の表示と、品出し・ECピッキングの作業指示の両方に使っています。電子棚札(デジタル棚札)は2026年3月時点で約2,300店舗に入り、1年以内に全店へ広げる計画です[Walmart 電子棚札の解説 2026年3月]。1店舗あたり12万品目を超える商品と、週に数千件の価格変更を扱う同社では、複数の従業員が数日かけていた売価変更が数分で終わるようになりました。

Walmartの棚札は、価格の表示装置で終わっていません。「Stock to Light」では、従業員が携帯端末から補充すべき棚の棚札を光らせ、探し回る時間を減らします。「Pick to Light」は、ECの注文品がある棚の棚札を光らせ、ピッキングの速度と正確さを上げます。棚札が、売場作業とEC出荷の作業指示を出す端末になったわけです。

この使い方は、受け取りの体験に直結します。BOPISやカーブサイドピックアップの満足度は、頼んだ商品が欠品せず、正確に、待たずに受け取れるかで決まります。棚札に作業指示を出させる投資は、店舗作業の効率と、受け取りの品質の両方を上げています。

2026年10月には、客がWalmartのアプリから棚札を光らせて商品を探せる「Shop to Light」を発表しました[Walmart Shop to Lightの発表 2026年10月]。アプリでは、商品の売場位置(B16など)を地図で示した後、店内で「Flash price tag」ボタンを押すと棚札が光ります。

電子棚札で客ごとに価格を変えるのか

Walmartは、電子棚札で客ごとに価格を変えないと表明しています。John Furner CEOは2026年9月25日付の書簡で、客の収入、購買履歴、急ぎ度合い、支払えそうな額で価格を変えず、時間帯でも変えないと約束しました。電子棚札の目的は、棚の価格とレジの価格を一致させることと、紙の値札を差し替える作業を減らすことだと説明しています[Walmart A Letter From Our CEO 2026年9月]。

Walmartは2026年10月の発表で、運用の決まりも示しました。価格は本部が決め、承認済みの変更を従業員が確かめます。承認した変更は主に営業時間外に反映し、棚札は客の情報を集めません[Walmart Shop to Lightの発表 2026年10月]。

一方、消費者団体のGroundwork Collaborativeは、Walmartが2023年に取得した電子棚札の特許を問題にしています。特許は、買い物かごの中身に応じて他の商品の価格を変える仕組みを例に挙げています。ツナ缶を持つ客に、マヨネーズの別の価格を示す例です[Retail Dive 2026年9月][Google Patents US11687872B2]。

電子棚札は、価格をすぐに変えられる装置です。何に使うかは、各社の運用ルールで決まります。日本の小売業が電子棚札を入れるときは、価格を変える理由、承認者、反映する時間帯を運用ルールに書き、来店客に説明できる状態にしておくことが望ましいです。

店舗の役割はどう変わるか:Store of the Future

Walmartの次世代店舗は、商品を買う場所に、受け取り・配送の拠点と生活サービスの窓口を加えた形をとっています。2025年4月30日、Walmartは次世代型スーパーセンターの第1号店を開きました。4年ぶりの新築スーパーセンターで、米国で初めて新設した「Store of the Future(未来の店舗)」です。

店内全域に電子棚札を置いてスマートフォンと連携させ、棚に並ぶ品ぞろえの外にあるオンラインの品ぞろえや情報へ、その場でつなぎます。ファッション、ベビー、ホーム、ペットの各部門は、品ぞろえと見せ方を改めました。受け取りと配送は、カーブサイドピックアップ、3時間以内の配送、最短30分のエクスプレス配送、ガレージや冷蔵庫まで届けるInHomeまでそろえています。

さらに、ドライブスルー付きの薬局と健康サービスの部屋、ビジョンセンター(眼鏡・視力サービス)、オートケアセンター(自動車整備)、給油所を併設しています。モノを買う場所から、生活を支える拠点への転換です。客が商品の発見と注文をAIに任せるほど、店舗に残る価値は「その場で選びたいもの」と「人が対応する生活サービス」に寄っていくと筆者は考えます。

本部と取引先をつなぐAI:WallyとScintilla

Walmartは、商品部向けの生成AI「Wally」と、取引先向けのデータ基盤「Scintilla」で、売場を支える本部と取引先の仕事もAIでつないでいます。

2025年3月、Walmartは自社のマーチャント(商品部)向けに生成AIアシスタント「Wally(ウォーリー)」を開発しました。データの入力と分析、売れ行きの良し悪しの理由の特定、業務上の問い合わせへの回答、複雑な計算や予測をAIに任せるものです。最終的には、設定した権限の範囲でマーチャントの代わりに実行まで行うことを目指しています。

顧客向けのSparky、従業員向けのツール、マーチャント向けのWally、開発者向けのエージェント。Walmartは、これらを一体の枠組みとして整理しています。

取引先には、データ基盤「Scintilla(シンティラ、旧Walmart Luminate)」を提供しています。メーカーはWalmartの購買データを使い、誰が、何と一緒に、どのタイミングで買ったかというバスケットデータや、競合ブランドとの間の乗り換えの実態を確かめられます。

さらにメーカーは、実際に購買した認証済みの顧客が集まるオンラインコミュニティ「Walmart Customer Spark Community」に、直接アンケートやサンプリングを実施できます。2024年だけで340万件を超える回答が集まりました[Walmart Walmart Data Ventures 2025年10月]。

Walmartはメーカーとデータを共有し検証する過程で、「どの商品が、どんな生活場面で、どんな顧客に選ばれているか」という文脈のデータをためていきます。AIが購買を推薦するとき、この文脈のデータが判断材料になります。AIが客の意思決定に関わる度合いが高まるほど、文脈のデータを持つ企業が有利になると筆者は考えます。

AIも顧客体験のためにある:people-led, tech-powered

Walmartは自社の姿勢を「people-led, tech-powered(人が主導し、技術がそれを支える)」と表現しています。前CEOのDoug McMillon氏は、2024年1月のCESの基調講演で次のように述べました。

私たちは人に仕えるために技術をつくるのであり、その逆ではない。

[Walmart CES 2024の発表 2024年1月]

SparkyもWallyも電子棚札も、1つずつ見ると「AI導入事例」に見えます。実際には、顧客接点(Sparky)、店舗の実行(棚札・従業員ツール)、本部の計画(Wally)、取引先との文脈のデータ(Scintilla)が一本につながっている点に意味があります。

どこか1か所だけをAIにしても、顧客が受け取る体験は変わりません。ChatGPTで注文できても棚に商品がなければ客は受け取れず、棚札を入れても発注の精度が低ければ欠品は減らないからです。

人が主導し技術が支える

人が主導し技術が支える

日本の小売業は何から始めるか

日本の小売業が店舗DXを始めるときは、顧客の手間がどの場面で発生しているかを洗い出すところから始めるのが望ましいです。

Walmartは、約500店舗の棚スキャンロボットを止め、1,500店舗以上に置いたピックアップタワーの撤去と停止を決めました。Scan&Goも2度止めています。続けたのは、カーブサイドピックアップと、作業指示を出す電子棚札です。続けた施策は、どれも来店客の待ち時間か探す手間を減らしています。

進め方は次の3段階です。

  1. 来店客とEC利用客の手間を、探す・待つ・入力する・持ち帰るの場面ごとに洗い出す
  2. 手間の大きさと実現のしやすさで、最初に取り組む1つを選ぶ
  3. 小さく試し、顧客の手間が減らなければやめる

あなたの店舗では、生成AIの検討を「何に使えるか」から始めていませんか。その問いを「顧客はどこで待ち、どこで探しているか」に置き換えると、最初の1つが決まります。

店舗DXとAIについてよくある質問

店舗DXとは何ですか?

店舗DXとは、デジタル技術とデータを使って店舗・店舗運営・ECを一体で作り変え、レジ待ちや商品探しといった顧客の手間を減らして競争優位を確立する取り組みです。セルフレジやアプリを入れた時点では、まだデジタル化の段階です。顧客の手間が減ったか、顧客がその店を選ぶ理由が増えたかで成果を判断します。

店舗DXとデジタル化の違いは何ですか?

デジタル化は、紙や手作業をデジタルに置き換えることです。店舗DXは、電子棚札に品出しの指示まで出させてBOPISの待ち時間を減らすように、顧客体験と事業の仕組みを作り変えることを指します。判断の基準は、顧客の手間が減ったか、顧客に選ばれる理由が増えたかの2つです。どちらも起きていなければ、デジタル化の段階にとどまっています。

AI時代の店舗DXは何から始めるべきですか?

顧客の手間がどこで発生しているかを、探す・待つ・入力する・持ち帰るの場面ごとに洗い出すところから始めます。次に、手間の大きさと実現のしやすさで最初に取り組む1つを選び、小さく試して、顧客の手間が減らなければやめます。Walmartも、ピックアップタワーや棚スキャンロボットを試したうえで止めています。生成AIの検討を「何に使えるか」から始めると、手段の目的化に入りかけます。

エージェンティックコマースとは何ですか?店舗DXにどう影響しますか?

エージェンティックコマースとは、AIエージェントが顧客に代わって商品を探し、比較し、注文まで行う買い物の形です。Walmartは生成AIアシスタント「Sparky」を自社アプリに加えてChatGPTとGeminiにも広げ、2026年8月には利用客数が前年から70%増えたと説明しました。買い物の入口がAIに移ると、競争の軸は、AIに選ばれ、AIが正しく説明できる商品情報・在庫・価格を持っているかに移ります。

BOPISとは何ですか?なぜ売上増加につながるのですか?

BOPIS(Buy Online, Pick-up In Store)は、オンラインで購入した商品を店舗で受け取るサービスです。顧客は配送料を払わずに、確実に商品を受け取れます。店舗は、受け取りに来た客の追加購入を見込めます。2018年12月の米国の調査では、BOPIS利用者の85%が受け取りの際に追加購入した経験があると答えました。食品の受け取りに限ると、2024年に追加購入した利用客は44%です。

電子棚札で、客ごとに価格を変えるのですか?

Walmartは変えないと表明しています。John Furner CEOは2026年9月25日付の書簡で、客の収入、購買履歴、急ぎ度合い、支払えそうな額で価格を変えないと約束しました。電子棚札の目的は、棚とレジの価格を一致させることと、紙の値札を差し替える作業を減らすことだと説明しています。一方、消費者団体のGroundwork Collaborativeは、Walmartが2023年に取得した特許に、買い物かごの中身で価格を変える仕組みが含まれると指摘しています。電子棚札は価格をすぐに変えられる装置なので、何に使うかは各社の運用ルールで決まります。

店舗DXの成功事例と失敗事例は?

Walmartで続いた施策は、カーブサイドピックアップ(BOPIS)と、作業指示を出す電子棚札です。止めた施策は、約500店舗の棚スキャンロボット(2020年11月に契約終了)、1,500店舗以上のピックアップタワー(2021年に撤去と停止)、2度中止したScan&Goです。続いた施策は、どれも来店客の待ち時間か探す手間を減らしていました。

主な出典

著者プロフィール

郡司 昇(ぐんじ のぼる)。小売DXコンサルタント、薬剤師。ドラッグストア経営、EC事業会社の社長、統合マーケティング部長を経て、店舗のICT活用研究所と小売DX合同会社の代表を務めています。講演・社内研修・アドバイザー契約を受けています。プロフィール、X、YouTube

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